2011年3月11日に起きた東日本大震災は、国内観測史上最大のマグニチュード9という巨大地震と大津波によって、死者・不明者がおよそ3万人にのぼる戦後最大の被害を出しました。
しかも福島第一原子力発電所の壊滅的な損傷を招いたことで、放射能(放射性物質)が飛散し、それは北からの風に乗って、わずか1日で200キロ以上離れた首都圏へ到達したのです。
これまで私たち一般市民が防災を考える場合、その対象は地震、津波、台風といった自然の脅威が主でした。しかし原発の無責任な安全神話が崩れ去った今は、放射能対策も避けては通れない状況になったと言えるでしょう。
そこで本書は、最後に民間レベルで可能な、放射能から身を守る方法についてまとめてみました。
◆日常の危機管理と異なる放射能対策
専門知識を持たない一般市民にとって最も気がかりなのは、公表される放射能関連の数値と内容が、自分たちに安全なのか危険なのか、それをはっきりしてほしい、ということでしょう。
ところが、それに対する政府の説明は「ただちに影響があるというものではない」といった表現ばかりです。これでは「将来は影響が出るという意味なのか。ぼやかした言い方で国民を欺いているのではないか」といった疑心暗鬼の声が上がるのも無理はありません。
メディアに登場する専門家・学者でさえ、人によって主張がまるで違い、どれを信じてよいのか分かりにくく、実際に被害を受けることになる市民が、大切な情報から蚊帳の外、といった状況になっています。五感に感知できず、しかも将来に危険な影響を及ぼすかもしれない放射能が、日常の危機管理と異なることは確かです。
それでも私たちにできる対策はあります。
まず、放射能がどのように人体へ影響するのか、基本的な知識を身につけましょう。それによって対策の意味が理解でき、実行しやすくなります。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」はここにも当てはまるのです。
そもそも民間レベルの防災は「自助」すなわち可能な範囲において自分の身は自分で守る、が原則。その上で、ともに助けあう「共助」と、自治体・政府からの「公助」が加わるのです。
◆できる限り内部被曝を防ぐ
まず用語の意味ですが、放射線とは、原子核が崩壊して構成している陽子や中性子などが飛び出していく状態をいいます。この放射線はいくつも種類があり、原発事故で問題になるタイプは人体の細胞や遺伝子に影響を及ぼし、その影響は年齢が低いほど大きく、とくに胎児にとって危険性が高くなります。
つまり同じ強さの放射線でも、年齢によって受ける被害が違うのです。人体が受けた影響の度合いをシーベルトという単位で表します。
よく使われる放射能とは、放射線を出す能力、もしくは能力のある物質(放射性物質)のことで、こちらの強さを表す単位はベクレルです。
そして放射線に人体が曝される状態を被曝といい、これは被曝状況によって外部と内部に分けられます。
外部被曝とは、その名の通り体の外にある放射性物質からの放射線による被害です。
その対策は、線源から遠ざかる(避難・洗浄)か、遮蔽(屋内退避)することで防ぎます。汚染地域を移動したあとに全身を洗うのは、表面に付着した汚染物質を速やかに除去するためです。
外部被曝で短時間に危険を及ぼすのは、全身に多量の放射線を一度に浴びた場合。このような急性の放射線障害は、事故現場とその周辺に限られます。
一方、放射性物質を体内に取り込んでしまうのが内部被曝です。侵入ルートは、呼吸、水や食品からの経口、そして傷口と粘膜からになります。一度体内に入ってしまうと、弱い放射線でも細胞は絶え間なく攻撃を受けて、ダメージが積み重なっていきます。この累積被曝によって起こる将来の被害が放射能の怖い部分なのです。
そのため事故現場から離れた地域の住民にとっては、風に乗って広範囲に飛び散る放射性物質と、その降下物(フォールアウト)による汚染に、どう対応するかが問題になります。
流れてきた放射性物質からの外部被曝だけでなく、空気、水、食品の摂取による内部被曝があり、これら合計4点が被曝原因となるのです。
時間とともに放射線は強度を低下させ、また人の免疫力も働いて対抗することから、長期的な影響は個人差・年齢差が大きく、将来のガン発生率などを正確に予測するのはむずかしいのが現実です。年齢が低くなるほど数年先の健康被害を見据えて、神経質すぎない程度で被曝(とくに内部被曝)を避けるよう努力するのが賢明と言えるでしょう。
不安による強いストレスは、身を守る免疫力を低下させてしまいます。自分の生活圏における放射線量と、その影響に関する情報を新聞やインターネットで集め、その対策を冷静に判断し行動することが重要です。
◆被曝から身を守る自衛手段
ここでは一般市民に可能な自衛の方法をまとめてみました。
1.屋内退避か避難か、現在地における公的情報をテレビ、ラジオ、インターネットなどで入手。年齢が若い人ほど注意が必要で、言うまでもなく自主避難も選択範囲。
2.公的情報の他にネットで「環境放射能○○県」「アメダス実況風向」「天気予報」などを検索して、現状をより詳しく把握。たとえば雨の予定日には外出を控える、といった作戦を立てる。
3.汚染の度合いは事故現場からの距離だけでなく、風向きと降雨の気象状況によって大きく変化する。毎日発表される値のみで一喜一憂しないこと。
4.屋内退避の場合は、窓を閉めて換気扇やエアコンは動かさない。隙間をガムテープで目張りして外気を入れない。
5.室内で石油ストーブなどを使用して換気が必要な場合は、換気扇に通気できる程度に濡らした布を被せて汚染物質の侵入を防ぐ。
6.布団を干すのは避け、洗濯物は室内で干す。
7.屋内退避区域でやむを得ず外出する際は、帽子、マスク、眼鏡、手袋を着用して肌の露出を極力抑える。
8.外出着はフリースやセーターなどを避け、微粒子が付きにくい表面素材の上下を選ぶ。
9.汚染した微粒子が付着する雨や雪は危険性が高い。傘だけでなく、レインスーツやポンチョ、長靴などを着用して可能な限り雨や雪に触れない。とくに降り始めの30分に要注意。
10.極力避けたい肺への内部被曝を防ぐためにマスクが重要。対インフルエンザ用のN95が良いが、花粉対策用や粉塵防止用でも間に合う。大切なのは呼吸がフィルターを通ること。肌と密着するようにマスクの周囲を絆創膏で目張りするか、片手でとくに鼻梁の両側を押さえる。
11.マスクがない場合は、濡らして軽く絞ったハンカチで鼻と口を覆う。
12.被曝時間を短くするために、移動は徒歩より公共の鉄道やバスが望ましい。
13.外で飲食をしてはならない。
14.外出中にケガをしたら、たとえ擦り傷くらいでも速やかに傷口を洗い、外気に触れないように傷口を覆う。
15.帰宅後、玄関前の屋外で上着とできればズボンを脱いで、風上に立ってよく払い、袋などに入れて隔離。靴も履き替える。汚染が少なければ洗濯をしてまた着ることは可能。ただしマスクは一回で使い捨てる。
16.濡れた傘、雨具、長靴は屋外に保管。これはくり返し使える。
17.細胞の自然治癒力を活かすために、連続しての外出を避ける。
18.すぐにシャワーを浴びて石鹸を使って全身を洗う。素手で外出した時は、爪の隙間を見逃さないこと。うがい、鼻うがいをし、コンタクトレンズも外して洗う。耳の穴は湿らせた綿棒でやさしく拭き、意識的に鼻をかみ、痰を吐く。放射性物質が検出された水道水でも、肌に汚染を残すより洗い落として、清潔な布で水分をふき取った方が安全である。
19.シャワーがない場合は、外気に触れたと思われる部分をよく洗い、濡らしたタオルで全身を拭く。
20.規準値を超えて汚染した市販食品は、出荷停止になって市場には出ないはずだが、念のために、キャベツは外側の葉をむき、葉物は水でよく洗い、根菜や果物類は洗ってから皮をむく、煮たあとの煮汁を捨てる、などで危険性を減らせる。短期的には土中で育つ根菜類は安全性が高い。
21.出荷制限地域内の家庭菜園で作った葉野菜は汚染の度合いが分からず、食べるのを控える。井戸水の安全性は比較的高いはずだが、これも汚染の度合いが不明なら、飲まずに生活用水へ使う。
22.通常の家庭用浄水器による除染効果は期待できず、安全なペットボトルの水があれば大切に使い、ネットで入手できる居住区の環境放射能水準調査結果を常時注目して、水道水の利用時期を決定する。水分が欲しくなる、塩気、辛味の強い食事、タンパク質中心の食事を避ける。
23.安定ヨウ素剤は、国や自治体から甲状腺ガンの発症リスクが高くなる四○歳未満の人を対象に配布される。副作用リスクと、服用の効果的なタイミングがあるため医師の指示に従うこと。
24.ヨード系のうがい薬や傷薬などを、安定ヨウ素剤の代用にしてはいけない。
25.防災は「想定外を想定する」のが鉄則。日頃の備蓄に、水、食料、物資を二週間分以上、できれば二か月分の備えが望ましい。これくらいあれば屋内退避に際し、心理的な余裕が持てる。
26.要はインフルエンザ、食中毒、排ガス、花粉症、農薬汚染に注意するのとほぼ同じ。そう考えれば被曝対策は理解がしやすい。むやみに心配するのではなく、落ち着いて行動したい。
平山隆一(ひらやま・りゅういち)
1953年、栃木県生まれ。一般市民による防災と防犯を調査・研究・実践する市民防衛フォーラムのメンバー。国内外でのアウトドアの経験を基にした、道具の活用術を得意とする。著書に『和道具の使い方(近刊)』『たった一人のテロ対策』『戦う!サバイバル』『軍隊式フィットネス』『ツールナイフのすべて』『フィールドモノ講座』(いずれも並木書房)などがある。 |