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まえがき

 PDS(Personal Defense Systems:対襲撃用護身システム)とは、一般人から軍人までが使える、新世代の総合護身術である。
 武道や従来の護身術と大きく異なる点は、「現場」から寄せられた意見を数多く分析し、経験則をふまえた上で、理論的に構築されている点である。
 従来、武道や護身術では「武道家」と呼ばれる人々が門下生や生徒に対して、訓練をほどこしている。私自身も過去に武道を学んでいたことがある。彼らの知識と技術には素晴らしいものがあることは確かだ。
 だが、彼らの教える技は、場合によっては現場で大きな問題を引き起こしかねない。拳や足による攻撃は1対1の場合には効果的だが、相手が複数の場合、あまり意味を持たない。それどころか、相手の仲間を逆上させてしまう。さらに相手が常に素手とは限らない。凶器を使った凶悪犯罪が増えている今日、逆に刃物で刺されないともかぎらない。
 事実、アメリカでも警察官の逮捕術(Defensive Tactics)が通用しなくなり始めているのだ。その結果、アメリカではさまざまな新しい護身システムが誕生しつつある。
 新しい逮捕術が望まれるのは、なにもアメリカに限ったことではない。日本の法執行機関でもその必要性は高まりつつある。武器の扱いに慣れた外国人犯罪者や、薬物常習者による凶悪犯罪に対抗するためには、もはや従来の逮捕術では対処しきれないのだ。
 警察官の逮捕術が通用しなくなった理由の1つは、道場で教える武道家たちに訓練を任せたことにある。彼らの多くは警察官の経験がない。銃を携行したこともなければ、生死をかけた究極の状況に身を置いたこともない人がほとんどだといえる。警察官が対凶悪犯の対処法を質問したところで、戻ってくる答えは道場での経験を元にしたものでしかなく、警察官としてどう行動すべきか、その答えを明確に提示できる武道家は少ないのが現状だ。
 警察官が遭遇する犯罪者は、ルールを守ってくれるとは限らない。凶器を隠し持っているケースも少なくない。逮捕歴がある犯罪者ともなれば、警察官と戦う術を刑務所で学んでいることも多い。手錠をかけようとする警察官の動きをどう止め、首筋の頸動脈に凶器をどう突き刺すか、その角度は、といった技術を囚人どうしで研究しているのだ。
 だが、相手がいくら危険な犯罪者だからといって、映画のように簡単に射殺するわけにはいかない。銃器の使用は、あくまでも「最後の選択」である。警察官の職務は相手を傷つけることなく、自分も負傷せず、無事に逮捕することを原則としている。
 PDSは当初、知り合いの警察官たちの要望に応じる形で作られた。それが警備会社などの要望を取り入れることによって、より汎用性のある新しい護身システムとして完成した。
 警察官や警備会社というプロを対象として確立したPDSは、常に最悪の状況を想定して組み立てられている。「相手は複数で凶器を携行している」という状況が基本となるのだ。最悪の状況に備えておけば、現実に起こる状況がそれよりも悪くなることはない。PDSは現在、多くの現場で使用され、確実に成果を上げている。
 最後になるが、本書はあくまでもPDSに関する情報文献である。技のなかには危険な動きも含まれている。生半可な知識で実行すると思わぬケガをすることにもなりかねない。本書で述べた内容を独自に実行してケガをしても、著者は責任をとりかねることをあらかじめ述べておく。公認インストラクターの指導を受けることを強く推奨したい。


目 次

まえがき

第1部:基 礎 篇……………………………………………………………7

第1章 新しい護身術「PDS」 8
第2章 危険を4段階で対処する 11
第3章 距離をとるテクニック 14
第4章 人体の急所を知っておく 19
第5章 基本のかまえと移動、重心、受け身をマスターする 24
第6章 防御と攻撃のテクニック 31
第7章 人体の武器を活用する 36
第8章 体力強化のトレーニング 42

第2部:PDST セルフディフェンス篇……57

PDST-1(組みつかれた場合)
1 片手をつかんで、押してきたら 58
2 片手をつかみ、引いてきたら 60
3 両手をつかまれたら 62
4 前襟をつかまれ、引いてきたら 64
5 前襟をつかまれ、引いてきたら 66
6 奥襟をつかまれ、引いてきたら 68
7 両奥襟をつかまれ、引いてきたら 70
8 両手で首を絞められ、押してきたら 72
9 背後から手をつかまれ、引かれたら 74
10 背後から手をつかまれ、引かれたら 76
11 背後から奥襟をつかまれ、引かれたら 78
12 背後から脇下に抱きつかれたら 80
13 背後から羽交い締めにあったら 82
14 両腕越しにつかまれたら 84
PDST-2(離れていた場合)
15 顔面をなぐってきたら 86
16 こめかみをなぐってきたら 88
17 アゴを突き上げてきたら 90
18 蹴ってきたら 92
PDST-3(複数の相手の場合)
19 前後から襲われたら 94
PDST-4(凶器を使われた場合)
20 刃物を出そうとしたら 96

第3部:PDSU 逮捕術篇………………………………99

PDSU-1(組みつかれた場合)
1 片手をつかんで、押してきたら 100
2 片手をつかみ、引いてきたら 102
3 両手をつかまれたら 104
4 前襟をつかまれ、引いてきたら 106
5 前襟をつかまれ、引いてきたら 108
6 奥襟をつかまれ、引いてきたら 110
7 両奥襟をつかまれ、引いてきたら 112
8 両手で首を絞められ、押してきたら 114
9 背後から手をつかまれ、引かれたら 116
10 背後から手をつかまれ、引かれたら 118
11 背後から奥襟をつかまれ、引かれたら 120
12 背後から脇下に抱きつかれたら 122
13 背後から羽交い締めにあったら 124
14 両腕越しにつかまれたら 126
PDSU-2(離れていた場合)
15 顔面をなぐってきたら 128
16 こめかみをなぐってきたら 130
17 アゴを突き上げてきたら 132
18 蹴ってきたら 134
PDSU-3(複数の相手の場合)
19 前後から襲われたら 136
PDSU-4(凶器を使われた場合)
20 刃物を出そうとしたら 138

第4部:PDSV 軍 隊 篇 ………………………………141

PDSV-1(組みつかれた場合)
1 片手をつかんで、押してきたら 142
2 片手をつかみ、引いてきたら 144
3 両手をつかまれたら 146
4 前襟をつかまれ、引いてきたら 148
5 前襟をつかまれ、引いてきたら 150
6 奥襟をつかまれ、引いてきたら 152
7 両奥襟をつかまれ、引いてきたら 154
8 両手で首を絞められ、押してきたら 156
9 背後から手をつかまれ、引かれたら 158
10 背後から手をつかまれ、引かれたら 160
11 背後から奥襟をつかまれ、引かれたら 162
12 背後から脇下に抱きつかれたら 164
13 背後から羽交い締めにあったら 166
14 両腕越しにつかまれたら 168
PDSV-2(離れていた場合)
15 顔面をなぐってきたら 170
16 こめかみをなぐってきたら 172
17 アゴを突き上げてきたら 174
18 蹴ってきたら 176
PDSV-3(複数の相手の場合)
19 前後から襲われたら 178
PDSV-4(凶器を使われた場合)
20 刃物を出そうとしたら 180

あとがき

コラム PDS Zeroで戦わずして勝つ 56
コラム 日本ガーディアン・エンジェルスとPDS 98
コラム PDS講習会 140

あとがき


 1999年にアメリカ合衆国海兵隊が定めたCLOSE COMBAT(格闘術)教範には、次のような序文が掲載されている。
「アメリカ海兵隊員は過酷な任務を遂行しなくてはならない。それは平和維持任務や自国民救出作戦といった、明らかに戦争と異なる軍事作戦である。これらの任務に発砲許可が下りることは難しい。しかし、暴徒と化した群集を排除する場合、ときとして発砲を余儀なくされる場合もある。もちろん、その判断は海兵隊に切迫した被害が及ぶ、もしくは第三者に被害が及ぶことを瞬時に各自が判断できた状況に限る。こうした正当な判断力を養うため、また不必要に状況を悪化させずに状況を沈静化するため、海兵隊員は非致死的もしくは致死的な近接格闘術を理解しておく必要がある……」

 軍隊の格闘術は、かつては明確な「殺人術」として位置付けられていた。しかし、アメリカ海兵隊のように、軍隊の格闘術が今大きく変化している。軍隊にも法執行機関的な役割、つまり治安警察としての任務が増えてくるにしたがい、相手に傷を負わせることなく、非致死的に排除する必要が生じてきたからだ。
 教範によると、アメリカ海兵隊は海兵隊員が遭遇するであろう状況を5段階に分けている。
 それは、警官が通常の任務でおこなっている職務執行法(Use of Force)に準じている。協力的な相手には声だけで対処する。暴力を用いないものの言葉で反抗する相手には優しく誘導。軽く抵抗する相手には人体のツボを攻めたり、関節をきめる。危害を加えてくる相手には護身術で対応。凶器を使った攻撃には「あくまでも暴力行為を止めさせる」という目的で、最低限の実力行使に踏み切る。
 アメリカ海兵隊に限らず世界各国の格闘術と護身術は、この2〜3年で大きな変化を遂げようとしている。軍隊も警察も、そのテクニックにおいて違いがなくなり、いかなる状況でも対処できるよう再編成されていくはずだ。時代の要請がある限り、変化せざるをえないのである。
 PDSもそうした新たな流れに乗った護身術である。相手との関係をうまく保って、状況をエスカレートさせないようにもっていき、争いを避けるのが最終目的である。

 本書の企画の段階から仕上がりまで、実に長い月日がかかった。その間、このプロジェクトを支えていただいた多くの方々に感謝したい。まず、公認インストラクターの酒井康嘉氏。彼には企画の段階から参加してもらい、とくにPDSVのデモンストレーションとその解説の執筆までを担当してもらった。本を書くという慣れない作業に戸惑いながらも、最後まで仕上げてくれた。
 躍動感に溢れ、シャープで正確なイラストを提供してくれた白山宣之氏にも感謝したい。私のデビュー作『傭兵マニュアル』以来の付き合いであるが、氏のイラストがなければ本書が成立しなかったほど、重要なパートを占めている。
 撮影に関しては、相手役として日本ガーディアン・エンジェルスのメンバー、東京本部長の引間雅夫、武田信彦、安藤尊文、鈴木晶祐、飯塚眞の各氏に協力していただいた。日頃、防犯パトロールで相対する暴漢役を演じ、さぞ複雑な心境であったことだろう。動きにリアリティを出すため事前の打ち合わせをせずに撮影に入ったが、どう対処されるのかもわからない状況のなかで、よく頑張ってくれた。おかげで迫力ある写真ができあがった。
 最後になったが、本書を手にとってくれた読者の方々に感謝したい。本書から、なにかを学び取っていただければ幸いである。護身術に興味がある方、また真剣に学びたい方は気軽に訓練に参加してもらいたい。そしてPDSを修得して、自信をつけ、自分の身を守っていただきたい。
                              毛利 元貞

毛利元貞(もうり・もとさだ)
1964年広島生まれ。世界警察射撃教官インストラクター協会、米国警察インストラクター協会、世界近接戦闘インストラクター協会会員。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。以後、仏外人部隊、米国傭兵学校教官を経て、米国警察特殊部隊SWATの対テロ訓練指導を行なう。91年からはノーベル平和賞受賞者のボディガード訓練を担当。現在は理論と経験則から作り上げたPDS(対襲撃用護身システム)を日本、アメリカ、オーストラリアで指導。また、特殊戦闘の経歴を生かし、凶悪犯罪やテロリズムに関する小説やノンフィクションを国内で発表。主著に『図解スパイ戦争』(並木書房)、『死守 犯罪交渉人・鞍馬天兵』(角川春樹事務所)、『犯罪交渉人』(角川書店)、『銀鼠』(廣済堂出版)。また、映画やテレビゲームなど、エンターテインメント作品の監修も手がける。代表作に映画『梟の城』(東宝)、『メタルギア・ソリッド2(2001年秋発売)』(PS2版 コナミ)がある。メールアドレスはdeaddrop0086@hotmail.com
酒井康嘉(さかい・やすよし)
1964年東京生まれ。PDS公認インストラクター。少年期より空手や合気道などの武道を学ぶ。「ルールに準じて戦う」武道に疑問を感じ、84年より海外へ格闘技の修行に出る。アジアや北米・南米大陸を渡り歩きながら、素手や武器を使った格闘術を修得。様々な訓練機関と交流を重ねながら、現地で数多い経験則を得る。92年より(有)モリインターナショナルにて訓練を受け、現在に至る。

毛利元貞の総合護身術
―PDS護身システム《入門篇》―

2001年4月1日 印刷
2001年4月10日 発行

著 者 毛利元貞
発行者 奈須田若仁
発行所 並木書房
〒104-0061 東京都中央区銀座1-4-6
電話(03)3561-7062 fax(03)3561-7097
http://www.namiki-shobo.co.jp
イラスト 白山宣之
印 刷 文唱堂印刷
製 本 豊文社

ISBN4-89063-136-4