読者の皆さまへ
並木書房から本を出すのは、約25年ぶりである。当時の私にとって、「対話」は無縁のものだった。砂漠や密林、高地といった極限の環境で職務を遂行する現場で重視されたのは、「対話」とは真逆の「命令」や「指示」だったからである。
その後、司法分野に足を踏み入れると、一方的な命令や指示は通用しなかった。人質交渉の現場では、正論や説得は、失うものがない相手には役に立たない。人は、安全が保障され、安心できる環境ではじめて自ら動くことができるのだ。
「対話」とは、相手を変えるための武器ではない。相手が自ら選択できる状況を整える営みである──その違いに、私は気づいた。
しかし、目の前の事態が収まっても、生活や環境が変わらなければ問題は繰り返される。事後対応だけでは、持続的な変化にはつながらない。この現実に直面したことが、私を行政分野の支援へと向かわせる契機となった。
現在の司法や行政の現場では、相手の主体性を尊重し、「寄り添う」対話が重視されている。法律やルールという変えられない枠組みはあっても、対話の本質は変わらない。相手が安心して関われる土台をつくること。ともに考え、意欲を喚起し、選択肢を広げていくこと。本書は、事態の収束のために用いてきた原則を、協働を生み出す基盤として整理したものである。
本書で紹介した対話は、理想論ではない。日々の実践を支えるための「お守り」である。読者の皆さまの現場において、本書が痛みをやわらげ、信頼を育み、協働を生み出す一助となれば幸いである。
目 次
はじめに 1
私は「揉め事の後始末」をしてきた/論破は、対話の入り口を壊す/「論破できない相手」と向き合う/強く出ない。しかし引かない
序章 対話がこじれる本当の理由 17
〈1〉論破が対話を壊すとき 17
〈2〉「正論」も「善意」も通じない理由 18
〈3〉信頼関係は「状態」から生まれる 19
〈4〉対話を支える3つの基本フレーム 21
第1章 論破せずに解決する対話術 23
〈5〉論破しない対話とは 23
〈6〉人を助ける2つの共感 28
〈7〉現場で守る「2つの枠」31
〈8〉「守る」「揺さぶる」「攻める」の3段階モデル 35
〈9〉対立を整理し、意思決定につなげる 38
〈10〉人が動くトリガーとは 41
〈11〉ミニ演習:あなたが「動いた瞬間」を再現する 47
〈12〉まとめ──対話術は相手のためにある 50
第2章 2つのフレームを現場で活用する 52
〈13〉相手をありのまま受け止める 52
〈14〉3つの現実を理解する 55
〈15〉失敗した現場──「動かせない枠」を使ったケース 57
〈16〉うまくいった現場──信頼関係を最優先したケース 58
〈17〉現場で使える心理戦テクニック3選 60
〈18〉生活保護の現場から 65
〈19〉チェックリスト:基本フレームを自分の行動で確認する 68
〈20〉まとめ──基本フレームをマスターする 69
第3章 タイプ別の対話術 71
〈21〉相手の性格≠ナはなく状態≠見る 71
〈22〉タイプ1:攻撃・反発タイプ──「力」で主導権をとろうとする状態 73
〈23〉タイプ2:理屈・論破タイプ──「正しさ」で場を支配する状態 76
〈24〉タイプ3:感情優位タイプ──感情が思考を覆っている状態 79
〈25〉タイプ4:協力的に見えるタイプ──言葉と行動がマッチしていない状態 81
〈26〉複数の相手と対話する 83
〈27〉拒否されない質問と要約 85
〈28〉深追いしない判断も技術 87
〈29〉チェックリスト:接した相手をタイプ化する 89
〈30〉まとめ──タイプによって対応を変える 90
第4章 対話ノートを作る 92
〈31〉準備不足が生む「負け戦」92
〈32〉日本語は便利だが、危うい 94
〈33〉ノート設計が、結果を大きく左右する 96
〈34〉相手の観察から始める 97
〈35〉@相手の状態を書く──「性格」ではなく「状態」98
〈36〉Aゴールを書く──「動かす」ではなく「進める」99
〈37〉B切り札を書く──言葉は「内容」より「態度」で届く 101
〈38〉ミニ演習──3行で作る「対話ノート」104
〈39〉チェックリスト:自分の姿勢を整える最終確認 106
〈40〉まとめ──準備とは「相手を変える」ことではない 107
第5章 現場で効く技術 108
〈41〉準備ができていても、現場では揺さぶられる 108
〈42〉言葉──「正しさ」より先に、安全を作る 110
〈43〉使ってはいけない言葉──相手を追い込む3パターン 112
〈44〉安全に対話を進める言葉──共感→確認→小さな質問 113
〈45〉声──内容より先に届くメッセージ 115
〈46〉現場で使う声の基準──2割ゆっくり、2割低く 116
〈47〉沈黙──対話における最大の武器 117
〈48〉沈黙が読めると、観察が深くなる 119
〈49〉2秒ルール──沈黙を壊さず、次を見極める 120
〈50〉姿勢──視覚が先に「敵味方」を決める 121
〈51〉7つの基本感情──表情は0・2秒で本音を漏らす 124
〈52〉感情が動いた瞬間の対処法──信念に飲み込まれない 128
〈53〉ミニ演習──7項目で自己点検する 131
〈54〉まとめ──自分の型を作る準備が整った 132
第6章 聞き方と返し方のテクニック 134
〈55〉あなたの対話テクニックを磨く 134
〈56〉話を聞くための基本戦術 135
〈57〉聞き逃してはならない相手の言葉 136
〈58〉どんな発言にも「変わりたい気持ち」がある 138
〈59〉伝え返しは相手を修正する道具ではない 141
〈60〉相手の言葉を使う 142
〈61〉あなたの言葉を使う 145
〈62〉伝え返しが効き始めるタイミング 147
〈63〉水面下を捉えて伝え返す 149
〈64〉実践で学ぶ──「見立て」と「伝え返し」の使い分け 153
〈65〉「強く出ない」ことが、強さになる 158
〈66〉相手が反発・抵抗する理由とは 159
〈67〉反発や抵抗をやわらげる問いの組み立て方 161
〈68〉「協働を生み出す」ために必要なこと 164
〈69〉相手が動くための助言と情報提供 168
〈70〉威嚇や先制攻撃は絶対にしない 171
〈71〉対話の最終準備を行なう 176
〈72〉ミニ演習──失敗こそが最大の教訓 180
〈73〉まとめ──対話力を身につけたあなたへ 183
おわりに 186
【付録1】就労支援対象者への初回面談シミュレーション 189
【付録2】ビジネス・日常生活での対話術 192
最後に──読者の皆さまへ 198
毛利元貞(もうり・もとさだ)
対話型キャリア支援コーチ(MBA/経営学修士)。警察政策学会、日本動機づけ面接学会会員。国外の司法研修機関での実務経験を有し、国内では法務省出入国在留管理庁や警察における研修・支援に従事。行政では生活保護世帯を中心とした自立支援を担当し、「対話が破綻しない支援」を実践してきた。民間では企業の人材育成・組織マネジメントに携わる。
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