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おわりに(一部)

 正規の外交や経済外交であっても、そこには謀略的な要素が含まれる。現実の情報活動と、水面下で行なわれる諜報や謀略との境界を、厳密に線引きすることは難しい。
  重要なのは、知らぬ間に謀略が仕掛けられ、ある日突然、今回のベネズエラ軍事行動のような事態が起こり得るという脅威認識を持つことである。
  その意味で、冒頭で描いた沖縄シナリオは、決して荒唐無稽ではない。むしろ、クリミア、東ウクライナ、香港、台湾、南シナ海を見れば、それは現実の延長線上にある。
  読む人によっては「煽りすぎだ」と感じるかもしれない。しかし、筆者が訴えたいのは危機そのものではなく、危機を危機として認識できない日本の思考法の問題である。
  言葉は大切だ。しかし、言葉が国家を縛り、現実を見る力を奪うならば、それはもはや防具ではなく、手枷・足枷となる。もはや「謀略」という語から目を背ける時代ではない。謀略をタブー視する姿勢を脱し、現実を見る国家になること。それが、これからの日本に求められる最低条件である。
  筆者は2016年に『戦略的インテリジェンス入門』(並木書房)を刊行して以来、情報収集と情報分析を軸に、インテリジェンス研究を続けてきた。しかし、インテリジェンスとは、情報を集め、分析し、報告書を書くことだけを意味しない。諸外国の情報活動に働きかけ、その効果を弱め、時に無力化する営みも含まれる。
  そうした問題意識から、2024年には、日本カウンターインテリジェンス協会代表・稲村悠氏との共著『防諜論』(育鵬社)を刊行した。本書は、その研究の延長線上に位置づけられるものであり、筆者のインテリジェンス論が一つの整理点に到達したことを示すものである。同時に、謀略という領域をめぐる本格的な研究と議論が、これから始まることを示す出発点でもある。
  序章でも述べたとおり、現在、高市政権の下でインテリジェンス機能の強化が議論され始めている。国家情報機関の創設やスパイ防止法の制定には多くの課題が残るが、共通して重要なのは、言葉の定義を含む基礎的な研究を積み重ね、人材を育成することである。
  本書が、そのための一助となれば、筆者にとってこれ以上の喜びはない。

目 次

 

プロローグ──沖縄・静かなる独立の朝(2035年・架空シナリオ)1

序章 謀略を知らぬ国──現代日本の脆弱性 16

第1章 宣伝と謀略の概念──感情を支配する戦い 22

旧日本軍が重視した「宣伝と謀略」の融合/謀略とは何か──「知で制する」戦いの技法/日本で「謀略」が概念として成熟するまで/戦後日本から消えた「宣伝」と「謀略」

第2章 陸軍中野学校と秘密戦の体系 32

秘密戦という構想の誕生/陸軍中野学校の創設/「替わらざる武官」──中野学校の教育方針/「謀略は誠なり」──中野学校での教育の実態/秘密戦の定義と五つの特性/秘密戦の運用と遺産

第3章 日本陸軍の宣伝・謀略の実態 44
 
(1)秘密工作の体系──米国と日本 44

(2)諜報──秘密戦を支える基本機能 48

(3)宣伝──「誠によって人を動かす」49

宣伝の定義と本質/宣伝の基本的特性/宣伝の区分

(4)謀略──秘密戦の攻勢機能 63

謀略の定義と本質/謀略の基本的特性/謀略の区分

(5)宣伝と謀略の運用 71

諜報は土台、宣伝は舞台、謀略は仕掛け/統一理念・統一方針・組織一元化/公開と隠密の二重構造の有機的発揚/対象研究と心理操作(文化・言語・宗教)/短期・中長期・長期の三層時間軸/強制と信服の二重作用/反復による継続性の保持/対宣伝・謀略の運用
 
(6)謀略の態様(領域別)80

第4章 日本謀略史──智謀の戦い 88

古代における謀略の萌芽──天皇権威と宗教対立/南北朝・楠木正成──忠義と智謀/戦国時代──謀略の常態化と武田信玄/豊臣秀吉──謀略の戦略化/徳川幕府──謀略の制度化/幕末維新──尊王攘夷の大義と倒幕謀略/明治維新後──近代国家と謀略の制度化/謀略は誠なりの底流──楠木正成の謀略

第5章 変化する作戦謀略──グレーゾーン戦争の実相 103

(1)秘匿と欺瞞──第一次大戦から第二次大戦の作戦謀略 104

柳条湖事件──自作自演の開戦工作/真珠湾攻撃──太平洋戦争開戦にみる謀略/英国の謀略──欺瞞と二重スパイ網
 
(2)冷戦期の作戦謀略──共産主義勢力の浸透と世論操作 110

朝鮮戦争──逆効果となった北朝鮮の謀略/ベトナム戦争──「根と鎖」による浸透工作
 
(3)ポスト冷戦期──「情報戦国家・米国」の登場 113

湾岸戦争──CNN効果≠ニ作られた大義のイメージ/コソボ戦争──サイバー空間の世論戦/アフガン戦争──敵の擬人化≠ニ情報の過少供給/イラク戦争──従軍取材と“大量破壊兵器”の虚構
 
(4)現代の作戦謀略──ハイブリッド戦が示した作戦謀略の終焉 117

ロシアのサイバー攻撃と地域紛争/クリミア併合──軍事行動を表に出さない領土変更/2022年ウクライナ侵攻──典型的なハイブリッド戦
 
(5)現代戦に溶け込む作戦謀略──グレーゾーンの実相 119

第6章 思想・経済・政治謀略の変遷 121

(1)思想謀略史 121

思想謀略とは何か?/戦前の思想謀略──宣伝を超えた「大義」と「歴史観」の操作/冷戦期の思想謀略──イデオロギー対立と多層的工作/ポスト冷戦期の思想謀略──「普遍的価値」の押し出しと反発の萌芽/現代の思想謀略──拡散する主体と「認知戦」の時代/思想謀略の進化と限界
 
(2)経済謀略史 131

経済謀略とは何か?/戦前の経済謀略──総力戦下の封鎖と供給の二面作戦/冷戦期の経済謀略──覇権体制と経済統制/ポスト冷戦期の経済謀略──グローバル化と金融謀略/現代の経済謀略──サプライチェーンとデジタル覇権/経済謀略の効果と限界
 
(3)政治謀略史 140

政治謀略とは何か?/戦前の政治謀略──分断と転覆の技法/冷戦期の政治謀略──体制競争と代理戦争の時代/ポスト冷戦期の政治謀略──民主化の波と逆流/現代の政治謀略──SNSと選挙介入/政治謀略の成果と限界──三位一体の基本構造
 
(4)思想・経済・政治謀略の連動 148
 
第7章 戦後の対日謀略──米国・ロシア・中国の謀略 150

1、米国の対日謀略──「対米従属」の制度化 151

(1)冷戦前期 151

占領と再教育──言語を奪われた国/冷戦初期の政治工作──吉田ドクトリンとCIAの登場/ メディア工作──正力松太郎と反共ネットワーク≠フ形成/安保改定と支配構造の定着/安定の10年≠ニ支配構造の深化
 
(2)冷戦後期(1970?1980年代)158

政治工作の再来──ロッキード事件の背景/ドル体制と金融による支配=^技術と安全保障──東芝事件に見る産業への制裁
 
(3)ポスト冷戦期〜現代(1990年代〜)162

「失われた10年」と米国の新しい統制手法/「情報公開」と「情報保全」の二重統制/米中技術覇権と日本の「経済安保」──封じ込め戦略の再演/総括・米国の対日謀略──「支配の継続」とその変容

2、ロシア(ソ連)の対日謀略──日本を西側の弱点として活用する 169

(1)冷戦前期 169

ソ連の対日影響工作の萌芽/イデオロギー工作と国内勢力の利用

(2)冷戦後期──資源と経済を通じた対日操作 172

政治的懐柔と領土カードの再利用/経済誘導と資源外交による影響工作

(3)ポスト冷戦期〜現代 175

日本の迷走とロシアの好機認識=^「友好」「領土」「資源」を連動させた政治工作/経済協力を政治誘導の装置≠ノ変えるロシアの手法/情報領域へ広がる現代型の謀略──認知戦の導入/総括・ロシアの対日謀略──その変遷と一貫する目的

3、中国の対日謀略──日本の判断を外側から誘導する浸透戦 180
 
(1)冷戦前期 180

延安で確立した対日謀略の継続/宣伝・貿易・訪中団を通じた思想の植え付け=^日中国交回復で始まった全方位浸透

(2)冷戦後期 183

国交正常化と「静かな政治謀略」への転換/制度と交流を利用した「浸透型謀略」/経済協力と社会交流に埋め込まれた「長期謀略」

(3)ポスト冷戦期(1990年代初頭?2008年頃)185

反日デモ・歴史認識・党内権力闘争の結合/技術獲得・スパイ活動・自衛隊接近/外交・経済・世論を結びつけた複合的謀略

(4)現代(2008年以降)189

胡錦濤期の転換から尖閣事件、習近平の戦狼外交へ/沖縄をめぐる自治体謀略/高市総理発言に対する中国の謀略行動/レアアース禁輸を使った経済謀略の実態/総括・中国の対日謀略──「浸透の継続」とその変質

第8章 日本が直面している謀略危機とその課題 201

(1)日本社会の構造的空白 201

政治的脆弱性──政治対立による争点の先送りと決断不能/経済的脆弱性──供給依存と産業中枢の外部露出/情報・認知の脆弱性──メディア生態と分断化の傾向/社会的脆弱性──地域格差とコミュニティの疲弊/法制度・ガバナンスの脆弱性──規制の空白と透明性の不足/謀略が浸透しやすい構造

(2)日本の課題 217

言葉に縛られない安全保障思考の確立/謀略という言葉への忌避からの脱却/より積極的な対謀略思想の確立

おわりに 223
主要参考文献 228

上田篤盛(うえだあつもり)
1960年広島県生まれ。84年防衛大学校卒。87年陸上自衛隊調査学校の語学課程に入校以降、情報関係職種に従事。防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定年退官後、民間企業にてコンサルタント、研究員として勤務。現在、一般社団法人・日本カウンターインテリジェンス協会顧問。著書に『戦略的インテリジェンス入門』『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』『武器になる情報分析力』『武器になる状況判断力』『情報分析官が見た陸軍中野学校』『情報戦、心理戦、そして認知戦(共著)』『15歳からのインテリジェンス』(並木書房)、『未来予測入門』(講談社)、『超一流諜報員の頭の回転が早くなるダークスキル』(ワニブックス)、『カウンターインテリジェンス─防諜論(共著)』『情報戦の日本史』(育鵬社)他。