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 はじめに(一部)

 日本の近代化を実質的にスタートさせた大久保利通の暗殺事件から、令和四年の安倍晋三暗殺事件までを検証すると一つの顕著な特徴があることに気づく。それは暗殺事件に使われた凶器が大別すると、日本刀(脇差・短刀等も含む)と拳銃とに分かれることであり、なおかつ日本刀の使用が六割ほどにも達していることである。それを列挙すると次のようになる。

明治十一年五月十四日 大久保利通暗殺 (日本刀)
明治十五年四月六日 板垣退助暗殺未遂 (日本刀)
明治二十二年二月十一日 森有礼暗殺 (日本刀)
明治二十二年十月十八日 大隈重信暗殺未遂 (爆弾)
明治二十四年五月十一日 ニコライ二世暗殺未遂(日本刀)
明治三十四年六月二十一日 星亨暗殺 (日本刀)
明治四十二年十月二十六日 伊藤博文暗殺 (拳銃)
大正二年九月五日 阿部守太郎暗殺 (日本刀)
大正十年九月二十八日 安田善次郎暗殺 (日本刀)
大正十年十一月四日 原敬暗殺 (日本刀)
昭和四年三月五日 山本宣治暗殺 (日本刀)
昭和五年十一月十四日 浜口雄幸暗殺未遂 (拳銃)
昭和七年二月九日 井上準之助暗殺 (拳銃)
昭和七年三月五日 団琢磨暗殺 (拳銃)
昭和七年五月十五日 犬養毅暗殺 (拳銃)
昭和十年八月十二日 永田鉄山暗殺 (日本刀)
昭和十一年二月二十六日 二・二六事件 (拳銃など)
昭和三十五年六月十七日 河上丈太郎暗殺未遂 (日本刀)
昭和三十五年七月十四日 岸信介暗殺未遂 (日本刀)
昭和三十五年十月十二日 浅沼稲次郎暗殺 (日本刀)
昭和三十九年三月二十四日 ライシャワー暗殺未遂(日本刀)
昭和六十二年五月三日 赤報隊事件 (散弾銃)
平成三年七月十一日 筑波大助教授暗殺 (イスラムの剣)
平成七年三月三十日 国松孝次長官暗殺未遂(拳銃)
平成七年四月二十三日 村井秀夫暗殺 (日本刀)
令和四年七月八日 安倍晋三暗殺 (手製銃)

 このように大久保利通暗殺からこのかた、二十六件の暗殺(未遂)事件のうち、十五件が日本刀によって行なわれているのである。残りの十一件のうち、拳銃が七件(便宜上、二・二六事件は一件とみなす)で、残りが爆弾一、散弾銃一、手製銃一、イスラムの特異な刃物一、ということになる。これによっても暗殺の凶器としては圧倒的に日本刀が多いことに気づく。
  それでは他国はどうかというと、期間を戦後に絞ると次のような結果が出ている。

一九四八年一月三十日 マハトマ・ガンジー暗殺(拳銃)
一九六三年十一月二十二日 ジョン・F・ケネディ暗殺(ライフル)
一九六八年四月四日 キング牧師暗殺 (ライフル)
一九六八年六月五日 ロバート・ケネディ暗殺(拳銃)
一九七九年十月二十六日 朴正煕暗殺 (拳銃)
一九八〇年十二月八日 ジョン・レノン暗殺 (拳銃)
一九八一年三月三十日 ロナルド・レーガン暗殺未遂(拳銃)
一九八一年五月十三日 パウロ二世暗殺未遂 (拳銃)
一九八一年十月六日 ムハンマド・サダト暗殺(自動小銃)
一九八三年八月二十一日 ベニグノ・アキノ暗殺(拳銃)
一九八四年十月三十一日 インディラ・ガンジー暗殺(自動小銃)
一九九一年五月二十二日 ラジブ・ガンジー暗殺(拳銃)
一九九五年七月五日 イツハク・ラビン暗殺(拳銃)

 このように外国の主要な暗殺事件の凶器は、拳銃かライフルか自動小銃であり、日本刀による暗殺が約六割を占める日本とは対照的といえる。この違いは言うまでもなく武士道を知るか否かの違いであり、日本人にとって、ことに覇気ある日本男子にとって、武士道は絶対的な価値の源泉であり、時に法律に優先する。
(中略)
  冒頭の暗殺事件一覧を見ても分かるように、日本では暗殺事件というものが絶えることがない。たとえば総理大臣に限っても、戦前は、伊藤博文、原敬、浜口雄幸、犬養毅が暗殺され、戦後は岸信介が首相退任の前日に刺されて重傷を負い、元総理の安倍晋三が手製銃で暗殺されている。一国の総理もしくは総理経験者であっても、命懸けで暗殺を仕掛けてくるテロリストの魔手から逃れることは決して容易なことではないのである。
(中略)
  災害は忘れた頃にやって来ると言われるが、要人暗殺も全くその通りであり、暗殺は想定外のことであったので、適切な対処ができなかったなどという言い訳は通用しない。ほとんどの場合、テロリストは暗殺ターゲットを決めた時点で決死の覚悟を固め、さらにはターゲットを殺すことに己れの命を懸ける。
  こういう命知らずのテロリストの襲撃を防ぐためには、警護員も命懸けでなければ、要人を守れるはずがない。テロリストの命と警護員の命が激しく交錯して壮烈な火花を散らすのが暗殺行の基本構造であり、この勝負はどちらかが緊張感に耐えられずに油断を見せた時に決する。
  令和四年七月八日に安倍元総理が暗殺されたのも警護側に油断があったためであり、要人警護に油断があれば、当然のことながら要人はテロリストによって抹殺されることになる。
  この悲劇を繰り返さぬためにも、改めてこの事件の問題点を解析して、具体的な対応策を打ち出し、今後の要人警護に万全を期さなければならない。それができなければ、日本は世界一安全な国であるという金看板を下ろさなければならないし、それと同時に日本の国際的評価もガタ落ちとなってしまうであろう。

 目 次

 はじめに 1

第一部 政治家とテロ事件 …………………………………………………………23

一、大久保利通暗殺 明治十一年五月十四日 24

   体に突き立った四本の剣 24
    島田一郎の大久保暗殺理由 28
    西郷南洲の人間的魅力 31
二、板垣退助暗殺未遂 明治十五年四月六日 35

   板垣死すとも自由は死せず 35

三、森有礼暗殺 明治二十二年二月十一日 38

   憲法発布の日の惨劇 38
    不敬行為の背景 42
    横山安武の切腹 45

四、大隈重信暗殺未遂 明治二十二年十月十八日 50

   暗殺と自決 50
    殉国の覚悟 53
    頭山満の大アジア主義 58

五、大津事件 明治二十四年五月十一日 65

   日本を震撼させたニコライ二世暗殺未遂 65
    日本人の誠実な対応 69
    ニコライ二世と日露戦争 73
    ニコライ皇帝密殺事件 79

六、星亨暗殺 明治三十四年六月二十一日 87

   一殺多生の思想 87
    伊庭兄弟の運命 91

七、阿部守太郎暗殺 大正二年九月五日 95

   私怨のためではなく国家のためである 95

八、山本宣治暗殺 昭和四年三月五日 99

   「山宣、万歳!」の声 99
    七生義団の狙い 103

九、井上準之助暗殺 昭和七年二月九日、三月五日 107

   血盟団による暗殺第一号 107
    一人一殺の思想 111

十、二・二六事件 昭和十一年二月二十六日 117

   昭和維新の断行 117
    元老・重臣らの暗殺 121
    軍法会議の判決 133
    慟哭の遺書 136

十一、河上丈太郎暗殺未遂 昭和三十五年六月十七日 166

   社会党に対する怨念 166

十二、浅沼稲次郎暗殺 昭和三十五年十月十二日 169

   山口二矢と日本愛国党 169
    狙うは浅沼稲次郎 174
    十七歳の思想と信念 178
    日比谷公会堂の惨劇 183

十三、ライシャワー暗殺未遂 昭和三十九年三月二十四日 192

   親日米大使を襲った凶刃 192

十四、国松孝次長官暗殺未遂 平成七年三月三十日 196

   オウム真理教による大規模テロ 196
    警察庁長官への狙撃 197

 

第二部 総理暗殺 ……………………………………………………………………………………201

 

十五、伊藤博文元総理暗殺 明治四十二年十月二十六日 202

   ハルビンの凶行 202
    安重根の正体 205

十六、原敬総理暗殺 大正十年十一月四日 209

   平民宰相の突然の死 209
    原暗殺の原因 213

十七、浜口雄幸総理暗殺未遂 昭和五年十一月十四日 217

   白昼堂々の犯行 217
    浜口の運命 222

十八、犬養毅総理暗殺 昭和七年五月十五日 225

   五・一五事件の全貌 225
    話せばわかるじゃろう 231

十九、岸信介総理暗殺未遂 昭和三十五年七月十四日 236

   老練な右翼の犯行 236

二十、安倍晋三元総理暗殺 令和四年七月八日 240

   衆人環視の中の狙撃 240
    手製銃による凶行 243
    警備上の問題点 248
    暗殺者の悲惨な少年期 253
    復讐心の芽生え 256
    山上のツイッターへの投稿 260
    決行前日に出された手紙 275
    海外での安倍氏の高い評価 282

 主要参考文献 290
  おわりに 292

大橋治雄(おおはし・はるお)
昭和24年3月、東京都新宿区に生れる。早稲田大学入学後の昭和45年11月25日の三島事件に衝撃を受け、以後、武士道と特攻を専門に研究してライフ・ワークとし、その後、膨大な資料の収集・解析に努める。同大学卒業後、一部上場会社に就職、主に教育部門を担当し、『万葉集』の講義等を行なう。昭和49年、『歌集・孤影』を自費出版し、それを機に同社を退職して、執筆活動に入る。その後、業界紙に勤めて取材・編集体験を重ね、平成年代半ばに業界出版社を設立して代表となり、単行本刊行の他、月刊誌に各種連載記事を書き継ぐ。またライフ・ワークの研鑽は50年にも及び、暗殺・自決・玉砕・特攻等の研究では本邦最高レベルと目され、今後、積極的に出版を重ねる予定。栃木市在住。