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目次

はじめに 1

序章 インテリジェンスと女性スパイ 13

インテリジェンスとは何か?/情報活動とは何か?/史上最大の欺瞞工作/スパイの広義的解釈/スパイは二番目に古い職業/スパイ活動は基本的な国家機能/組織的なスパイ活動/スパイ活動は巧みにカバーされる/エージェントなどの獲得・運用/スパイの最も深刻な任務は暗殺/近代的情報組織がイギリスに発足/情報組織の発展経緯/最古の女性スパイはデリラ/女性スパイの活用例/ハニートラップとは何か?/売春宿「グリーン・ハウス」/ハニートラップはKGBのお家芸/中国情報組織も負けてはいない/わが旧軍もハニートラップの餌食

◆第一次世界大戦期――――――――――――――

第1章 第一次世界大戦とスパイ戦争 40

ドイツの台頭とシュティーバー情報組織/第一次世界大戦が勃発/繰り広げられるスパイ戦争

第2章 マタ・ハリ伝説の実態 44

「暁の瞳」マタ・ハリ/マタ・ハリは本当にスパイだったのか?/フランスの政治的陰謀とは?/政治的陰謀に踊らされた女性たち

第3章 リシャールとシュラグミューラー 51

マタ・ハリよりも優秀な女性スパイ/女性スパイの類型/「燃える虎の目」の異名を持つスパイ/分かれるシュラグミューラーの評価/教育・訓練は万能か?

第4章 ロレンスに匹敵するベル 58

アラビアの「女ロレンス」/禍根を残すイギリスの三枚舌外交/ロレンスはアラブ独立の英雄か?/スパイとしてのベルの活躍/ベルは自殺だったのか?

◆大戦間期――――――――――――――――――

第5章 ナチスの台頭と情報組織 65

大戦間期における世界情勢/ヒトラーとナチス党の伸長/ドイツ情報機関の発達/対独宥和を狙ったドイツの対英情報戦/ヒトラーを増長させたミュンヘン会談

第6章 ヒトラーの女スパイ 70

親愛なるプリンセス/ヒトラーに接近を図るロザミア卿/ヒトラーのイギリス懐柔工作/シュテファニーとヴィーデマンとの色恋/シュテファニーの逃亡生活/彼女にとってのスパイ活動とは?

第7章 ソ連共産主義のスパイ活動 79

ボリシェビキ革命の成功/組織防衛に暗躍するチェーカー/ケンブリッジ・ファイブ」の結成/アジアが共産主義革命の重点/NKVDによる粛清の嵐/イグナス・ライスの暗殺/生き延びたクリビツキーとエリザベート

第8章 トロツキー暗殺の陰に女性あり 88

スターリンとトロツキーの対立/トロツキーに向けられた襲撃/女性に無警戒であったトロツキー/女性に対し冷徹無比であったスターリン

第9章 ゾルゲとスメドレー 93

ゾルゲ、上海に現われる/コミンテルンとゾルゲとの関係/ゾルゲと尾崎をつなぐスメドレー/一途な女性、スメドレー/彼女の抗議と客死

◆第二次世界大戦期――――――――――――――

第10章 第二次世界大戦勃発と情報戦 101

第二次世界大戦勃発する/世界が驚愕した独ソ不可侵条約/情勢戦に完敗した日本/ドイツが仕掛けたフェンロー事件/チャーチルによる秘密工作/SOEの創設/アメリカOSSの創設

第11章 地下レジスタンスの女性たち 111

ドイツ傀儡のビシー政権の誕生/フランスの情報機関/三重スパイ、マチルド・カレ/地下レジスタンス活動で活躍する女性たち/秘密工作は男性スパイの独壇場ではない

第12章 ソ連の対独情報戦 120

「赤いオーケストラ」の活動/ゲシュタポの捜索とトレッペルのその後/「ルーシー」の情報源は誰か? /「バルバロッサ作戦」は奇襲だったのか?

第13章 最高の女性スパイ「シンシア」128

チャーチルによるアメリカ巻き込み工作/スティーブンスンに協力する女性スパイ/密命は「暗号を盗め」/彼女をスパイ活動に駆りたてたもの

第14章 ゾルゲを取り巻く女性たち 134

ゾルゲの対日スパイ活動/磁石のようなゾルゲの魅力/「ソニア」にスパイの基礎を指南/日本でのゾルゲの恋人たち/日本におけるもう一人のソ連スパイ/ゾルゲにとって女性スパイとは/ゾルゲ流のスパイ術とは

第15章 女性暗号解読官「ドリスコール」142

暗号戦争の勃発/女性暗号解読官、ドリスコール/ミッドウェー海戦における敗北/組織保全に固執した日本海軍/世に知られなかったドリスコールの活躍

第16章 ヒトラー暗殺と女性たち 150

第二次世界大戦の終了/ドイツ国防軍内部のクーデター計画/ヒトラー暗殺計画「ヴァルキューレ事件」/カナリスとハイドリヒの最期/ナチス・ドイツの崩壊/ヒトラーが愛した女性

第17章 ダレスと愛人メアリのスパイ活動 158

OSSによるヒトラー暗殺計画/のちのCIA長官、ダレス登場/ダレスの協力者、ギゼヴィウス/ダレスの愛人兼女性スパイ/メアリとギゼヴィウスとの接触/メアリにとっての第二次世界大戦

◆冷戦期―――――――――――――――――――

第18章 冷戦とソ連の情報工作 165

冷戦の開始/ソ連ではKGBが設立/アメリカではCIAが創設/「ハル・ノート」にソ連スパイの陰/対日爆撃計画にもソ連スパイの影/「ヤルタ協定」にもソ連スパイの陰/ソ連による対日工作はあったのか?

第19章 ソ連スパイ網を告発した女性スパイ 174

ホワイトを告発したベントレー/恋愛からスパイ活動に着手/ベントレー、FBIの協力者になる/「ヒスはスパイだ」チェンバーズの告発

第20章 ソ連スパイ網を告発したもう一人のスパイ 180

マッシングの告発/マッシングのスパイ活動/ソ連の監視下に置かれたマッシング/彼女たちの証言を裏付けた「ヴェノナ文書」/共産主義イデオロギー終焉の前兆

第21章 マンハッタン計画とローゼンバーグ夫妻 187

マンハッタン計画をめぐるソ連のスパイ活動/スウェーデンの愛国者グレタ・カルボ/スパイ団の総帥アベル大佐を逮捕/ソ連暗号解読官グーゼンコの西側亡命/フックスを運用した女性スパイ「ソニア」/フックス逮捕による事件捜査の進展/夫妻でスパイ活動を働いたローゼンバーグ/ソ連原爆開発の功労者「ジョルジョ」

第22章 あるスパイ夫婦が関与したスパイ事件 197

「ポートランド・スパイ事件」とは/逮捕されたクローガー夫妻/ロンズデールとは何者か?/スパイらしからぬスパイ/スパイ団の黒幕はアベル大佐

第23章 祖国を裏切るスパイたち 206

「ケンブリッジ・ファイブ」の三人がソ連に亡命/大物スパイ「フィルビー」の亡命/第四の男がついに逮捕/彼らの奇妙な異性・同性関係/亡命者三人にとっての祖国とは

第24章 キューバ危機とケネディ暗殺 214

キューバ・ミサイル危機/キューバ革命とピッグス湾事件/ミサイル・ギャップとU‐2機撃墜事件/ソ連からの二重スパイ、ペンコフスキー/ケネディ大統領は誰が暗殺したのか?/ウォーター・ゲート事件/歴史の謎の鍵を握るカストロの女性スパイ

第25章 ベトナム戦争と米国の敗北 224

アメリカのベトナム武力介入/成果の小さい米CIAの秘密工作/読めなかったテト攻勢/中国によるベトナム戦争への介入/なぜアメリカはテト攻勢を受けたのか?/韓国による参戦と「ライダイハン」問題

第26章 東西ドイツの情報戦と「ロメオ作戦」232

東西ドイツの分裂と情報戦/ベルリン・トンネル事件とジョージ・ブレイク/西ドイツのスパイマスター「ゲーレン」/「顔のない男」ヴォルフによる「ロメオ」作戦/東ドイツに敗北する西ドイツ/ヴォルフは真の勝者だったのか?

第27章 第四次中東戦争とインテリジェンスの失敗 241

「神の怒り作戦」発動/第四次中東戦争における奇襲/なぜアマンは評価を誤ったのか?/インテリジェンスにおける教訓/メイヤー首相の責任?

第28章 フォークランド戦争と「鉄の女」250

フォークランド戦争勃発/両国にとってフォークランド戦争とは?/「鉄の女」サッチャー/噴出した国内批判/なぜイギリスは奇襲を許したのか?/サッチャーの責任とは?/尖閣諸島の備えは万全か?

第29章 北朝鮮の対南工作と女性スパイ 257

北朝鮮のスパイ活動/南北朝鮮の分断と北朝鮮情報組織/世に注目された大韓航空機爆破事件/実行犯の美人スパイ、金賢姫/北朝鮮最高位の女性スパイ、李善実/北朝鮮のマタ・ハリ「元正花」

第30章 中国の民衆化運動と情報組織の戦い 267

天安門事件の発生/改革開放以降の中国の情報活動/民主化の女神「柴玲」/アジアの歌姫「テレサ・テン」/今日も続く中国の積極工作

終章 日本の女性諜報員 277

日本史に登場する女性諜報員/忍術と諜報活動/女忍者「くノ一」/日清・日露戦争期の諜報戦/諜報の天才「青木宣純大佐」/旧軍最高の女性諜報員「河原操子」/愛国心の泉「からゆきさん」/日中戦争勃発/東洋のマタ・ハリ「川島芳子」/謎の女性諜報員「南造雲子」/芳子のライバル、中島成子/太平洋戦争で活躍する女性諜報員

 資料1 スパイ人物編 293
  資料2 情報機関編 361
  資料3 スパイ用語編 377
  資料4 スパイ教訓集(防諜体制強化のための)389
  資料5 情報史年表 397

 参考図書文献 415

おわりに 420

■おわりに(一部)

 これまで女性スパイについての物語を縷々書いてきたので、総合所見として、ゾルゲの「女性スパイ否定論」について筆者なりの見解を述べておく。
  女性をスパイとして使うこと自体には道徳的タブーはない。かつてのソ連は冷戦期、男女の区別なくスパイを使っていたとされる。
  そうはいうものの、女性をスパイとして使うことを忌避する者もいた。アドルフ・ヒトラーは情報活動における女性の活用を極度に軽蔑して、女性を情報組織の高い地位には就けなかった。ヒトラーの親衛隊(SS)の長官であったハインリヒ・ヒムラーは女性スパイを原則として禁止した。
  女性スパイを使うことに慎重な理由としては、とくに恋愛や性の問題があげられる。女性は「恋愛」という菌に対して免疫が少ないといわれている。
  確かに第二次世界大戦後にFBIのエージェントに転向したベントレーは恋人のゴロスによってスパイ活動を開始、彼の死亡が転向のきっかけとなった。また西ドイツ情報機関の女性高官が東ドイツの「ロメオ作戦」に次々と籠絡されたケースを見ると、その説も納得できる気がする。
  しかしながら、第一世界大戦時のドイツのスパイマスターであった軍事情部長のヴァルター・ニコライ大佐は語る。
「情報活動に従事する大多数の女性は、男性と同様に信頼できるものである。女性が機密保持の観念も持ち合わせていることは経験上、明らかである。女性はつまるところ、男性よりもずっと慎重でさえある」
  さらに「男は周囲のどんな手段によるよりも、女性にかかって誘惑される場合がいちばん多かった」と指摘した。恋愛や性に弱いのは女性ではなく、むしろ男性なのである。
  また、現実に情報活動において女性が必要であるからこそ女性スパイは実在してきた。女性でなくてはやれないこと、女性であることを利用すれば有利であることは確かにある。実際にはゾルゲも無電係マックス・クラウゼンの妻アンナを連絡係として運用した。アンナはマイクロフィルムを女性ならではの隠し方で、上海のゾルゲ団まで怪しまれずに持ち出すという離れ業も見せている。
  時として、女性スパイは暗殺という最も危険な秘密工作にも従事する。女性が暗殺に関与したケースについては本書でもいくつか紹介した。
  また、本書で取り上げたナンシー・ウェイクなどの猛者≠烽「る。彼女はヒトラー政権下のフランスにおけるレジスタンス活動に参加して男性を素手で殴り殺したという逸話がある。また、ゲシュタポによる厳しい拷問により、口を割る男性スパイが続出するなか、最後まで秘密を守り、殉職した女性スパイも大勢いたという。こうした英雄伝説は割り引いて読むのが常識だとしても、「女性が、か弱い存在で、激烈なスパイ戦争には向かない」というのはまったくの固定観念であろう。
  ゾルゲは「女性はスパイ活動に絶対に向かない」と言い放った。しかし、これは官憲の捜査の手が、彼の愛人まで及ばないよう配慮した、彼一流のフェミニズムの発露だと見る者も多い。インテリジェンスに詳しい佐藤優氏はこうした見解をとっている。(『世界インテリジェンス事件史』)
  本書で明らかにしたように、実に多くの女性スパイが世界を動かしてきた。ただし、いまだにスパイを統括する管理官(ディレクター)まで登りつめた女性はほとんどいない。是非とも将来の女性CIA長官、SVR長官、内閣情報官、情報本部長などを待ち望みたいものである。(二〇一八年三月、初の女性CIA長官にジーナ・ハスペルが任命された)

 世界がたゆまず継続しているスリリングなスパイ戦争(情報戦)の軌跡をこれまで見てきたが、インテリジェンスの世界がそればかりと考えるならとんでもない。
  情報組織が使用する情報の九〇パーセントは公開情報(オシント)から得られるという。やはり情報活動の中心はオシント分析である。米国のCIAも派手な秘密工作ばかりが注目されるが、それも分析部門の地道な活動に支えられてこそである。
  新聞雑誌の論評、相手国指導者の公式発言などのオシントを丹念に積み上げ、過去との比較から何らかの変化を見いだし、政策決定者のニーズに照らして解釈をつける。このような地道な情報分析活動が重要なのである。そして、個々の情報およびインテリジェンスから、国家全体としてのインテリジェンスを生成する体制を確立する必要がある。
  そうはいうものの、やはりインテリジェンスはオシント分析という、知的でアカデミックなものだけにはとどまらない。スパイの浸透合戦、暗号解読、秘密工作など、諜報、防諜、秘密工作のオンパレードである。
  だから、諜報員や防諜員にとって、世の情報戦を研究する必要性に異論はないであろう。屋根裏部屋の情報分析官≠セからといって、その研究を無視してよいわけではない。スパイ活動に関する知識や現実感覚がなければ、偽情報に踊らされ、誤った分析結果を招くことになるからだ。
  水面下で継続されているスパイ活動の研究は、すでに表面化した歴史の研究に頼るのが効果的だ。その歴史研究には「史実の解明を主とする研究」と「史実の考察を主とする研究」がある。
  前者は、埋もれた文献・資料を発見し、それを先行研究やこれまでの定説と比較・検討し、新たな仮説を立案し、これを立証するというものである。それは気が遠くなるような過程であり、これは歴史家や研究者に委ねるほかはない。
  後者はすでに解明されている史実を基礎として、史実に関する「なぜ?」と「どうして?」を追究しようとする研究であり、そこから教訓、原則、理論に関する内容を引き出すものである。
  インテリジェンスの実務担当者、読者の方々に求められるのは後者であろう。まずは、主要な戦争を題材にインテリジェンスを研究されることが望まれる。なぜなら、戦争になれば情報活動は圧倒的に増加するので、インテリジェンスの教訓も得やすいからだ。
  しかし、インテリジェンスは有事も平時も機能し、「硝煙のない戦争」を続けている。だから戦史だけを取り上げても片手落ちだ。平時における水面下の情報戦も戦史と同様に研究する必要性が出てくるのである。
  本書は以上のような筆者流の思考を踏まえて、まずは情報史の「縦の基本線」を描くことに力点を置いた。そのうえで、情報の収集・分析・配布、情報部署と使用者との関係、暗号保全、欺瞞、秘密工作などの横軸視点をもって、筆者なりの教訓をそれぞれの場面で引き出した。
  ただし、教訓は十人十色であって、本書を通じて読者の方々が自分自身の教訓を得ていただけるのであれば、これにまさるものはない。

上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。幹部レンジャー課程修了後、87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年にかけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定年退官。現在、軍事アナリストとして活躍。メルマガ「軍事情報」で連載。著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェンス入門─分析手法の手引き』『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争─国家戦略に基づく分析』『中国戦略“悪”の教科書─兵法三十六計で読み解く対日工作』(いずれも並木書房)など。