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日本の読者の皆さまへ 「『ウラルの子供たち』子孫の会」代表 オルガ・モルキナ

 

  私が「カヤハラ船長」という、子供心にも不思議で、魅力的な響きを持つ名前を初めて耳にしたのは、はるか昔の幼い頃でした。

 

  その後、少し成長した頃、祖父母が子供時代に体験した驚くべき冒険譚を告げられ、大まかながらも、その事柄を初めて知ったのです。  その時は、「カヤハラ船長」は「ライリー・アレン」や「バール・ブラムホール」など、ほかの人物とともに話に出てきましたが、祖父の口から発せられたそれらの名前には、すべて深い敬意がこめられていました。そして、やがて知ったのですが、祖父母と一緒に冒険をした友人たちも同様に、これらの名前を持つ人々に深い感謝の念を抱いていたのです。彼らの一人は、真っ白の船長制服を着た、若く凛々しい男性の古ぼけた写真を大切に持っていましたが、それがこの「カヤハラ船長」でした。

 

  いつしか時は流れ、あの歴史的な冒険をともにした人々は次々と鬼籍に入ってしまいました。 ?「これでは、あの事蹟の真実がいつかは消えてしまう!」と焦った私は、その詳細について調べてみようと、ある日突然思い立ったのです。それ以来、ロシア国内や米国を回り、残されているさまざまな史料にあたってきたのですが、ただカヤハラ船長についての消息だけは依然として謎のままでした。

 

  しかし、神様が与えてくれた幸運としか言いようがないのですが、二〇〇九年に私はペテルブルクでの個展開催のために訪れていた北室南苑さんと巡り会ったのです。  当時、取り組んでいた「赤十字の旗の下に」というプロジェクトでの私のパートナーであり、露日友好に尽くしていたバレンチナ・カリーニナさんは、彼女なりに船長の情報を得ようと努めてくれていました。そのカリーニナさんが、私を北室さんに紹介してくれたのです。

 

  彼女は、北室さんのお名前の「室」が、子供たちを乗せたヨウメイ丸が寄港した室蘭の「室」と同じ漢字であることから何らかの関係があるのではないか、という微かな期待を抱いていました。そして、二人で北室さんにそれを確かめたところ、残念ながら何も関係がないことがわかりました。結局、それから間もなく北室さんは帰国してしまいましたが、ヨウメイ丸の話には大変強い印象を持たれたご様子でした。  さて、それから数カ月がたった頃、彼女からの一通のメッセージによって、私たちがお願いした船長捜索をずっと続けてくださっていたことを知り、とても心を打たれました。その間に、彼女はできる限りの努力をなされていたのですから。

 

  それから互いに連絡を取り合い、情報交換なども致しておりました。そして、一年半ほどもたった頃、ついに彼女から「カヤハラ船長発見!」の朗報がもたらされたのです。  彼女は船長のアイデンティティだけでなく、彼のお墓や一族の方々も見つけてくれました。それに併せて、まことに貴重な船長の手記の存在も確認されたのです。

 

  そこに書かれていたのは、私の祖父母や数百人の仲間たちが乗船した陽明丸によって、二つの大洋と、多くの機雷が撒かれていたバルト海を越えて、無事帰郷できたという史実の新たな詳細でした。  やがて日本に招かれて訪れた船長の墓前での記念セレモニーに、光栄にも参加させていただきました。のちに北室さんが設立したNPO法人「人道の船 陽明丸顕彰会」の記念イベントにも二回招かれました。これら日本での貴重な体験はすべて、私の主宰する「『ウラルの子供たち』子孫の会」のメンバーに報告いたしました。彼らも、日本側の献身的な努力と活動に非常に感銘を受けております。

 

  私たち、子孫の会は、そういう意味において、これら貴重な発見に貢献された北室さんを筆頭に、その補佐役の一柳さん、そしてNPO活動を支えておられるすべての皆さまに深い感謝と敬意を捧げるものです。これら心ある日本の友人たちのお力添えにより、陽明丸事蹟の全容が明らかになることほど悦ばしいものはありません。  読者各位にぜひ知っていただきたいこと。それは、この本の出版が私たち、陽明丸の子供たちの子孫にとって、どんなに光栄なことかということです。

 

  そして、日本という美しい国が、茅原(カヤハラ)船長はじめ船主の勝田銀次郎さん、そのほか陽明丸乗組員の方々の祖国であるという点に、この事蹟の本質が集約されているようにも思います。  この、私たちの家族にとっては命の恩人であり、英雄である茅原基治という人物、彼の心の広さ、寛容さ、優しさ、ヒューマニズムなどすべての美徳が末永く記憶されることを切に望むものです。(一柳 訳)

 




●目 次

 日本の読者の皆さまへ(オルガ・モルキナ)

?「陽明丸事績」関連年表 

第一部 幻のカヤハラ船長探索記 (北室南苑)

  第一章 サンクトペテルブルクでの出会い

  第二章 探索開始

  第三章 カヤハラ船長を発見!

  第四章 たった一冊の船長手記

  第五章 人道の船「陽明丸」

第二部 陽明丸大航海 (一柳 鵺)

  第六章 革命の荒波をこえて 

  第七章 ロシアの子供たちのその後 

  第八章 航海中の陽明丸あれこれ 

  第九章 陽明丸の四人の男たち 

   ライリー・H・アレン─シベリア救護隊長
茅原基治─日露米の架け橋 
ルドルフ・B・トイスラー─聖路加国際病院の創設者
勝田銀次郎─敬天愛人
古き良き時代の好漢たち

  第十章 「陽明丸」七つの謎

   五人目の男? 石坂善次郎将軍

第三部 茅原船長の手記 (茅原基治)

   ロシア小児団輸送記─赤色革命余話

 参考文献
おわりに

北室南苑(きたむろ・なんえん)
書・篆刻家、著述家。石川県在住。北枝篆会会長、NPO法人「人道の船 陽明丸顕彰会』理事長。
オーストラリア・シドニー個展(1994)
スコットランド・エジンバラ個展(1996)
中国・第2回上海国際芸術祭招待(2000)
米国・ロサンゼルス個展・講演(2001)
中国・国際西夏学界招待(2005)
中国・甲骨文芸術国際学会招待(2007)
ロシア・サンクトペテルブルク個展(2009)
著書に『雅遊人─細野燕台の生涯』、『篆刻アート』、『哲学者西田幾多郎の書の魅力』(いずれも里文出版)他がある。