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 はじめに

 中国の軍事的台頭、北朝鮮の不透明な内外政策の継続、再び大国主義を復活させているロシアなど、わが国を取り巻く周辺環境は厳しさが増している。
  こうした情勢推移に対し、安倍政権は国家安全保障会議の創設、国家安全保障戦略の策定、秘密保護法の制定、集団的自衛権の限定容認のための憲法解釈の見直しなど、安全保障分野における強化策を続々と打ち出している。
  わが国の情報態勢・体制についても整備が進展しており、国家安全保障会議の下に国家安全保障局を設置し、各省庁の情報を一元的に集約・処理する情報中枢機能の強化が目指されている。自衛隊においては新たな情報収集部隊の新設が決定されるなど、とくに収集部門の機能強化が目覚しい。
  ただし、現段階はわが国にとって必要不可欠な情報態勢・体制の確立に向けた整備がようやく始動した段階であり、わが国の安全保障上、なお一層の取り組み努力が必要であることは論を俟たないであろう。
  こうしたなか、巷ではインテリジェンス議論が俄かに高まりをみせている。米国発のインテリジェンス本の翻訳や、わが国仕様の理論書が続々と登場するようになり、これらは国民に対する「インテリジェンス・リテラシー1(知識)」の啓蒙書となっている。
  本書は、これらと同様に先輩諸賢がメスを入れたインテリジェンスを取り扱うものであるが、これら理論書とはやや異なりインテリジェンスを実務に役立つようさらに抉り出したものである。
  筆者は長い間、防衛省の情報分析官として安全保障戦略や防衛戦略に資することを目的にインテリジェンスの作成に奉職してきた。よって本書では戦略に資するインテリジェンスを主として取り扱うものとし、それを「戦略的インテリジェンス」と呼ぶこととする。
  しかし、本書は国家や各省庁の情報機関や情報活動の在り方を論じるものではなく、またインテリジェンスの理論書といえるようなものでもない。かかる役割は一介の情報分析官であった筆者には荷が重過ぎる。そこで組織に属する若手情報分析官を対象にした実務書(ハウ・トゥー本)たることを目指した。  
  筆者の長年にわたる研究ノートと、誰もが比較的に容易に入手できるさまざまな公開資料(書籍)を基に、情報分析官が知っておくべき最低限の事項を精選・抽出して、体系的に整理することに心がけた。
  本書は次のような構成になっている。
  第1章では、インテリジェンスの作成を行なううえでの必要な基礎的知識を理解することを狙いに「戦略的インテリジェンスの概念」について論じた。
  第2章では、インテリジェンスが生成される過程である「インテリジェンス・サイクル」について解説した。
  第3章では、「インテリジェンスの分析・作成」と題し、米CIA、DIAなどの分析手法を基に筆者の研究成果などを加味して独自仕様の分析手法論を展開した。
  第4章では、「情報活動」と題し、主として相手国等の情報活動から我の戦略的インテリジェンスを守るという観点から、諜報、カウンターインテリジェンス、秘密工作などの各種活動について言及した。
  第5章では、「情報機関」と題し、旧日本軍と諸外国の情報機関について簡潔に言及することとした。

 なお本書の最大の売りは若手情報分析官にとって役立つと確信する分析手法に関する記述である。米国、英国の国家・軍事機関においてはインテリジェンスの分析手法の研究が盛んで、それらを紹介するマニュアルがインターネットサイトで多く公開されているが、一方のわが国では各情報機関ともに分析手法に関する研究や教育の取り組みが本格化していないと推察される。
  こうしたなか、本書で紹介する分析手法は、筆者が公開のマニュアル書に基づいて、その適用法などを独自に研究したものであり、例示した事象の分析についても筆者個人の見解によるものである。したがって「独善性」は否めないが、分析手法を主題として扱ったという点では斬新であり、今後の分析手法研究のための「たたき台」にはなろうと思う。
  わが国の周辺環境が厳しさを増すなかで、対外情報機関の創設も検討されているようであるが、そもそも安全保障や国防に万全を期すためには、国家としての「インテリジェンス・リテラシー」の向上と、各情報機関に所属する情報分析官個人の分析能力の向上が不可欠であることは論を俟たない。本書が少しでもインテリジェンスの必要性に対する認識を促し、若手情報分析官による戦略的インテリジェンス生成の手助けとなれば、情報分析官という一隅を照らす我が人生も、まさに価値があったというものである。



 

目  次

はじめに 1

第1章 戦略的インテリジェンスの概念  9

第1節 インテリジェンスとは何か? 10

「情報」の語源/インテリジェンスとインフォメーションの区分/インテリジェンスの3つの定義/情報とインテリジェンスの対等な関係/インテリジェンスに必要な3つの知識/戦略的インテリジェンスと作戦(戦術)的インテリジェンス

第2節 戦略とは何か? 15

拡大する戦略の概念/戦略の3つの区分/日本の戦略体系

第3節 戦略的インテリジェンスとは何か? 18

脅威とリスク/脅威を構成する2つの要素/意図と能力の関係/意図見積と行動予測見積

第4節 戦略的インテリジェンスの作成 22
プロダクトの作成と種類/動態インテリジェンス/トレンド分析/長期分析/見積インテリジェンス/情勢見積と可能行動見積/可能行動見積に必要な3つの分析

第5節 戦略的インテリジェンスの構成要素 25

第6節 日本の戦略的インテリジェンス 27

「国家安全保障戦略」の特徴と思考体系/日本の安全保障上のリスクと脅威/同盟国に対するインテリジェンス

第2章 インテリジェンス・サイクル  33

第1節 循環するインテリジェンス・サイクル 34

第2節 計画・指示の目的と手順 36

「目標指向」で優先順位を決める/情報収集計画を作成する/目標指向の弊害と解決策

第3節 情報収集の目的と手順 39

  1 情報源と収集手段 39

収集の手順/第一次情報源と数次情報源/情報収集手段の区分/オシント/シギント/イミント/ジオイント/ヒューミント/マシント/各種収集手段の総合的な活用

  2 情報収集のプラットフォーム 54

人工衛星/成層圏プラットフォーム/偵察機/情報収集艦

第4節 情報の処理とその手順 60

処理の必要性/処理の手順/情報源および情報の評価

第5節 インテリジェンスの分析・作成とその手順 66

とくに重要な分析・作成/問題の定義/問題の概観/情報の収集・評価(証拠の分類・整理)/分析(仮説の立案と証明/統合/解釈/プロダクトの作成/論理的なプロダクトの作成/文書の作成/口頭報告や発表資料の作成

第6節 インテリジェンスの配布 74

適時性の重視/新たな情報要求への対応と反証の用意/保全の重要性/秘密区分の指定/サード・パーティ・ルール(第三者への情報秘匿原則)/ニード・トゥ・ノウ/サニタイズ

第3章 インテリジェンスの分析と作成  79

第1節 分析・作成上の着眼 80

適時性か?正確性か?/4つの分析視点/背景分析/相関分析/予測分析/影響分析/意図見積か?能力評価か?/意図見積上の着眼/能力評価上の着眼/白紙的能力/実質的能力/現実的能力/戦略環境を考察するうえでの着眼/戦略環境の変化に対応する

第2節 情報分析官に求められる資質と心構え 88

使用者のニーズに答える/組織人としての協調性を保持する/専門性を高める/客観性・論理性を修養する/継続的観察により変化を察知する/推理力を働かせ、一片の兆候から真実を読み取る/観察眼を養い本質を見抜く/先見洞察力を磨き変化の先をとらえる

第3節 分析・作成上の各種阻害要因 96

各種の阻害要因(致命的な7つの罪)/ミラー・イメージング(鏡像効果)/ヒューリスティックにおけるバイアス/典型のヒューリスティック/利用可能性のヒューリスティック/因果関係のヒューリスティック/アンカーリングのヒューリスティック/後知恵のヒューリスティック/政策決定者の思い込み(誤ったマインドセット)/政策決定者による圧力/真実を歪める情報操作/各種阻害要因の克服に向けて

第4節 分析的思考法 102

氷山分析/地政学的視点/歴史的視点/文化的視点/アリソン・モデル(複眼的思考)/相関関係と因果関係/兆候(予兆)と妥当性/パズルとミステリー/定性的分析と定量的分析/有効性と有用性/「縦の比較」と「横の比較」/論理的思考と創造的思考/拡散的(発散的)思考と収束的思考/帰納法と演繹法

第5節 分析手法 117

  1 分析手法が持つ9つの効用 117

  2 分析テーマを具体化し、切り口を明確にする 118

「問題の具体化」/基本的な分析手法「MECE(ミッシー)」/「MECE」を応用した階層ツリー法

  3 事象の背後関係、相関・因果関係を明らかにする 123

分類分析/リンクチャート/米駆逐艦コールに対する自爆テロのタイムライン/テロリストの人物像/クロノロジー/なぜなぜ分析/特性要因図(魚の骨)/マトリックス分析

  4 現在の特性、傾向を探る 139

定量的比較分析/同一事象比較分析/キーワード分析

  5 相手国の戦略的意図を分析する 148

関連樹木法/SWOT(スオット)分析/敵の意図マトリックス

  6 未来予測を行なう 156

未来予測法の種類/デルファイ法/時系列回帰分析/タイムライン/シナリオ法/4つの仮説/ロジック・ツリー/イベント・ツリー/兆候と警報の変化

  7 仮説などの見直しを行なう 173

仮説などの見直し手法/重要な前提の見直し/代替分析/仮説の検証/反対の主張/チームA/チームB/レッドチーム/競合仮説分析

第4章 情報活動  195

第1節 情報活動の区分 196

「積極的情報活動」と「消極的情報活動」/情報保全とカウンターインテリジェンス

第2節 諜報活動 199

諜報活動の指揮系統/身分偽装(カバー・ストーリー)/スパイの潜入手口/内通者の獲得と運用

第3節 情報保全 203

情報保全の特性と区分/要員の保全/秘密文書等の保全/施設の保全/情報保全の本質とは?

第4節 カウンターインテリジェンス 209

カウンターインテリジェンスの必要性/カウンターインテリジェンスの特性/不適格者の排除/活動の無力化

第5節 秘密工作 213

秘密工作の特性/宣伝(プロパガンダ)/政治活動/経済活動/クーデター/準軍事作戦/謀略とは何か?/秘密工作の留意点

第6節 スパイ(諜報員、工作員)の活用 220

スパイの区分/スパイの人物像/スパイによる積極工作/二重スパイとは

第7節 注目すべき歴史的事例 224

CIAによるキューバ工作/イスラエル・モサドの工作/旧日本軍の工作/チャーチルの工作/日本に対するソ連の積極工作

第5章 情報機関  231

第1節 情報機関の研究 232

情報機関の研究意義/情報機関の理想的な在り方/研究上の考慮事項

第2節 日本の情報体制の歴史 234

国民性と情報活動の歴史/明治時代の情報体制/特務機関の設立と活動/戦時の情報体制/日本軍のインテリジェンスの問題点/戦後の情報体制の整備

第3節 日本の情報機関と体制 240

英国型と米国型/内閣情報会議/合同情報会議/省庁間の縦割り体制/秘密保全規則/秘密保全と情報公開/カウンターインテリジェンス機能の強化

第4節 米国の情報機関 247

OSSからCIAへ/情報コミュニティ(IC)/中央情報局(CIA)/国防省系統/国防情報局(DIA)/国家安全保障局(NSA)/国家偵察局(NRO)/国家地球空間情報局(NGA)/国務省系統/情報調査局(INR)/司法省系統/連邦捜査局(FBI)/麻薬取締局/国土安全保障系統/沿岸警備隊/情報・コミュニティの管理・監督機関/国家安全保障会議(NSC)/情報コミュニティの諮問機関/国家情報会議(NIC)

第5節 諸外国の情報機関 255

英国の情報機関/フランスの情報機関/ドイツの情報機関/イスラエルの情報機関/ロシアの情報機関/中国の情報機関/北朝鮮の情報機関

第6節 日本が参考とすべき点 275

情報活動の独立性の保持/取りまとめ・調整機能の強化/政策サイドとの適切な関係の維持/カウンターインテリジェンス機能の強化/長期分析の重視

付録1 インテリジェンスに関する格言 280
情報活動/情報収集/情報分析と処理/情報の配布/情報の保全とカウンターインテリジェンス
付録2 各情報手段の利点と欠点 283
付録3 情報源の信頼性評価における着意事項 284
付録4 情報の正確性評価(着意事項) 285

主な参考文献 286
おわりに 289

コラム
中国語の「情報」は日本からの外来語 12
オシントの重要性 44
イミントの落とし穴 48
ヒューミントかテキントか 50
江ノ島虚偽通報事件 65
フェルミ推定 67
コヴェントリー爆破事件 78
ヨムキプール戦争でのイスラエルの失策 84
よい情報官(情報分析官)の資質とは 90
情報分析官としてのゾルゲ 91
定点観測 93
バックファイヤー論争 100
中国報道を扱ううえでの注意 101
文化・風習を知ることの重要性 106
首脳会談における双方の思惑を分析 113
ヒューリスティック・アルゴリズム 114
習近平政権の現状維持シナリオ 164
敵対派勢力の首謀者は誰か? 193
日本軍における諜報活動の定義 200
情報は隠せば秘密が守れるのか? 206
ペルー事件は甘い施設保全が奏効した? 208
日本軍における防諜の定義 212
インターネットによる宣伝戦、心理戦 214
中国兵法書『李衛公問対』にみるスパイの区分 220
明石大佐と福島少佐 228
エシュロンの世界的活動 253
第三次中東戦争でのイスラエル情報機関の活躍 266

上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年にかけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、約15年以上にわたり、防衛省情報本部および陸上自衛隊小平学校において、情報分析官と情報教官として勤務。2015年に小平学校教官を最後に定年退官。共著に『中国軍事用語辞典』(蒼蒼社、2006年11月)、『中国の軍事力 2020年の将来予測』(蒼蒼社、2008年9月)など。