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あとがき
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「兵器の独立なくして、国家の独立なし」

  これは、日露戦争で満洲軍総司令官を務めた大山巌元帥の言葉です。明治維新後から幾度かの欧米視察を経て、この言葉を残しました。
  現代の日本においては、日米の共同運用性が不可欠な海空自衛隊と、陸上自衛隊では事情が異なりますが、国の基本理念としては普遍的です。
  しかし、多くの装備品を輸入で構成する海空自衛隊にしても、可動率やシステムインテグレーションなどで国内企業の力が発揮されています。いずれにしても、日本には日本の防衛産業の存在がなくてはならないものです。
  それにしても、あれだけ叩きのめされた日本で、戦後なぜ国内防衛産業は復活することができたのでしょうか。
  このことを考える時、「戦後」ではなく、まずは先の大戦に突入せざるを得なかった頃に遡るべきでしょう。
  あの戦争の直接的な原因は、日本が大陸へ進出したことに異を唱えた米国が屑鉄や石油などの戦略物資の輸出をストップしたことでした。

  日本は日露戦争後、「兵器の独立」を目指し、躍起になって、短い期間で国産兵器の開発に成功しましたが、部品など肝心な所を輸入に頼るなど完全には達成していないまま先の大戦に突入しました。
  そのため、少しの部品が手に入らない、燃料もないといった状態でなすすべもなく、敵の攻撃を受け、苦汁をなめたのです。
  そして敗戦。しばらくの間、日本の兵器製造などまったく望むべくもありませんでした。ところが朝鮮戦争が勃発して状況が一変します。

  警察予備隊から自衛隊の誕生に至り、日本にも防衛装備品の必要性が生じたのです。そこで自衛隊には当時、朝鮮戦争で使った米軍の余剰品が提供されることになりました。
  これを受け、公職追放が解かれ、自衛隊に入っていた人たちは、これをライセンス国産に持ち込むことを強く望んだのです。
  その打診をしてみると、意外にも米国はライセンス国産を許してくれたといいます。当時の自衛隊関係者は、戦前に兵器製造に携わっていた企業などを訪ねて自衛隊装備品の部品製造を依頼しましたが、多くの返事は芳しくありませんでした。
  戦後、世の中に反戦思想が広がっていたため、「兵器を製造する」ということはイメージが悪かったこともありますが、何より自衛隊で使うだけで採算の取れない製品を作るメリットが何もなかったのです。
  しかし、自前の部品製造能力がなければ戦車も戦闘機も動かない、過去の経験からその危機感を強く持っていた当時の自衛隊関係者は、たとえ最初は機体そのものを作れなくても、将来に向け国産基盤確立の基礎を構築する必要性を胸の内に秘め、なんとか企業に協力してもらえないか考えあぐねたのです。
  そして結果として編み出されたのが、損をさせないため一定の利益を保証する制度でした。
  そこから日本の国内防衛生産・技術基盤が育つには、長い年月を要しました。それまでのあいだは政府が定める防衛力整備にも、そして昭和四五年に防衛庁で出された装備品「国産化方針」の事務次官通達からも、挙国でこの育成に努めようという意志が読み取れます。
  これが、戦後日本の防衛産業誕生のルーツです。

  しかし、このような経緯がいつの間にか風化し、そもそもは自衛隊側からの要請から始まった日本の防衛産業が、いま自衛隊の都合(と言っては気の毒ですが)によって消えようとしているのです。
「消えてゆく運命の防衛産業を守っても仕方がない」とある航空自衛隊OBにはっきり言われたことがあります。それほどに自衛隊内でも国内基盤維持への意識は薄れていることを感じました。
  ただし、「輸入はダメ」などと言いたいわけではありません。これは自国の技術発展にも必要であり、依存は良くありませんが、活用はすべきでしょう。そのために日本の商社が国益を見据え活躍してくれることを期待したいものです。

  いま日本ではよく「選択と集中」をしなければならないと言われていますが、どういう基準で行なうのかは「国防」という観点からすれば、当然、一般的なそれとは区別する必要があります。
「今、優れた技術がある物」「今の脅威に対処できる物」を選択するということになれば、将来、安全保障環境が変わった場合に禍根を残すかもしれないという点で、今後の戦略策定には注意が必要でしょう。
  そもそも、わが国の防衛技術・生産基盤は、最初から優れた物などありませんでした。戦後から今日に至るまでトライ・アンド・エラーを繰り返してきているのです。
  つまり、ここまでやってこられたのは技術力や財力というよりも、むしろ「我慢」と「意志力」と言った方がいいかもしれません。
  わが国は独特な憲法の下、「非核」を謳い、「専守防衛」を国の方針としています。その是非はともかく、これは、つまり限られた通常戦力のみで国を守らなくてはならないということであり、多くのオプションをバランスよく、薄く広く保有する必要があるということです。

  それを私たちは自ら決めているのです。「効率化をしたい」ということは、その方針に逆行し、矛盾が生じます。
  ただし、日本が今の防衛政策を大きく転換し、核を保有するなどの新たな方策を採るのであれば話は別でしょう。
  現時点で国にそのつもりがないならば、「効率化」は日本の軍事には適切ではないと思います。
  では、どのようにして今後、日本の防衛技術・生産基盤を守ればいいでしょうか? 多くの現場を直接見た経験、そして関係資料を私なりに分析した結果、大きく次のように考えてみました。


● 防衛装備品製造の特殊性を啓蒙する
● 潔癖を追求するあまり歪んでしまった官民関係を是正する
●「武器輸出三原則等」をあるべき姿にする
● 民間転用可能なものは推進する
● 国産化方針を「原則」とする
● 各種規制緩和を検討する
● 競争入札制度を見直す


  競争入札の弊害については、これまで述べてきたとおりですが、これは基盤維持だけでなく運用にも大きく影響します。

  たとえば、運用上「○○という機器が必要」という要求があったとすると、「○○という言い方だと企業が特定され、競争性を阻害する」ということで、わざわざ要求を曖昧なものにして公募をかける、すると、いろいろな企業が入札し、結局一番安いところが落札します。
  しかし、でき上がってきた装備品はまったく使い物にならず、中には隊員の安全が脅かされるようなシロモノもあるといいます。そのためやむを得ず再公募をかけることになるのです。
  安い価格の前例ができれば、もう応募する企業はなくなります。ほとほと困って元の企業に泣きつくか、不良品でも隊員が我慢するしかありません。実際、装備品によっては「死傷者が出るような大きな事故につながりかねない」という声も出ているほどの状況になっています。
  そもそも多額の設備投資をした企業は、随意契約で先々もその設備を使って同じ物を製造することを約束されるからこそ、やってこられたのです。競争入札制度そのものを全面否定はしませんが、国の防衛に関わるものについては、例外を設けるかあるいは企画競争、総合評価方式などを採り入れるべきではないでしょうか。

  防衛技術・生産基盤は国防に欠かせない要素です。その存在は抑止力になり、その存続は日本が平和であり続けることを意味しています。
「使われなければムダ」と言い出せば、自衛隊の存在さえもそのように言われてしまいます。
  しかし、言うまでもなく、その存在そのものが日本を守っているということ、「モノ作り」に向き合う日本人の真摯な姿勢は世界の信頼を集めているということを、多くの日本人に知っていただきたいと思います。
  そして、平和のために日本製を求める国々が多くあり、それらの国への防衛装備品の一部輸出は、日本の国益に叶います。その一方で、いくら「武器輸出三原則等」を変えても、競争入札など調達制度の根本的な問題が見直されなければ、防衛生産・技術基盤は守れないことも併せて強く訴えたいと思います。
  事なかれ主義の政策ではなく、真に国益にかなう政策を、為政者には切に求めます。

  日本をもっと元気にするために!



目 次

はじめに 1

第1章 これからの防衛産業 15

 防衛産業をとりまく状況 15
  購入と整備の逆転現象 17
  防衛産業の規模とは? 20
  陸上装備品生産の現場から 21
  日本人には日本の小銃を――豊和工業 24
  企業努力で生産維持――日本工機 29
  女性の手で生み出される砲弾――中国化薬 32
  弾薬箱に込められた「モノ作り」の精神??高見製函 36
  需品分野製造の現況 39
  数週間で?イラク仕様?を製造――防弾チョッキ 41
  日本人の頭の形に合わせて開発――鉄帽 45
  自衛官の誇りを具現――被服 47
  外国製装備品の弊害――空挺傘 50
  化学器材製造の現況 53
  日本人に適合した防護マスク――興研 56
  かあちゃんの手仕事で作られる――半長靴 59
  最高の帽子を――正帽 65
  車両――いすゞ三トン半トラック 69
  艦艇建造企業の現況 77
  何のための自衛艦なのか? 79
  厳しさを増す護衛艦建造の現場 81
  最新鋭ヘリ搭載護衛艦も難産だった 83
  すそ野が広い艦艇関連企業 87
  親父から受け継いだ艦艇建造の誇り――鷹取製作所 88
  旧海軍機製造の伝統――渡辺鉄工 93
  日本一丈夫な照明器具を作る――大石電機工業 98
  知られざる潜水艦建造の世界 103
「隣に負けるな!」三菱vs 川重 106
  潜水艦建造を支える町工場 109

第2章 武器輸出と共同開発 112

 安易な武器輸出・共同開発論議を警戒せよ 112
  日本を元気にする輸出と共同開発を 115
  固体燃料ロケット技術は日本の切り札 120
  日本が誇る誘導武器 123
  火砲に熱い視線 129
  納得いかないUHX事案の?末 131
  米国が讃えたOH1ヘリ 134
  世界に羽ばたくUS2救難飛行艇 137

第3章 諸外国の防衛産業 143

 主要国の軍事産業の状況(二〇一〇年時点)143
  F35戦闘機を導入するための覚悟とは? 148
  米国のグローバル・ロジスティクス戦略 151
  韓国の台頭 154
  日本版PBLは成功するのか? 156
  アジア地域の潜水艦増強の動き 157
  オスプレイを買えない理由 160

第4章 防衛産業をめぐる諸問題 163

「装備優先」か?「人優先」か? 163
  技本と産官学の連携 167
  自衛官の再就職 168
  調達に関わるおかしな仕組み 170
  三菱電機過大請求事案の真実 172
  海自と海保の違い 177

あとがき 183

資料 主な自衛隊の国産装備品と輸入装備品 190

桜林美佐(さくらばやし・みさ)
昭和45年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作した後、ジャーナリストに。国防問題などを中心に取材・執筆。著書に『奇跡の船「宗谷」?昭和を走り続けた海の守り神』『海をひらく?知られざる掃海部隊』『誰も語らなかった防衛産業[改訂版]』(いずれも並木書房)、『終わらないラブレター?祖父母たちが語る「もうひとつの戦争体験」』(PHP研究所)、『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『ありがとう、金剛丸?星になった小さな自衛隊員』(ワニブックス)。月刊「テーミス」に『自衛隊と共に』を連載。「夕刊フジ」に『ニッポンの防衛産業』を毎週月曜日連載。