立ち読み   戻る  

目 次

プロローグ 9

 オサマ・ビン・ラディン殺害の現場へ 9
  秘密戦争をエスカレートさせたオバマ 11

第1章 オサマ・ビン・ラディン暗殺作戦 14

 歴史に残るオバマ大統領のスピーチ 14
  CIAの狙いはビン・ラディンの「クーリエ」16
  CIAの「拷問」が決定的なインテリジェンスをもたらした 18
  アボタバードの豪邸に住む正体不明の男性 20
  四つの軍事オプション 22
  特殊部隊シールズの攻撃計画 24
「ネプチューンの槍」作戦 30
  米・パ関係を根底から崩した一大事件 32

第2章 バラク・オバマの「選択の戦争」34

 イラクは「間違った戦争」で、アフガンは「正しい戦争」34
  楽観論を捨てたマクリスタル司令官の調査チーム 36
  マクリスタル報告書とアフガン増派をめぐる大論争 39
  COIN作戦に懐疑的だったオバマ大統領 42
  狙いをアルカイダだけに絞った理由 44
  なぜ増派宣言と同時に撤退期限を明らかにしたのか? 45
  机上では「よくできていた」アフガン戦略 51
  アフガン戦争はオバマの「選択の戦争」になった 55

第3章 出ばなを挫かれたオバマ政権 57

 テロリストの勝利の瞬間 57
  自爆テロリストの正体 60
「正確な情報」を送ったヨルダン人スパイ 62
「ザワヒリ情報」の誘惑に負けたCIA 65
「何もかもが例外だった」バラウィ受け入れ作戦 68
「本当の戦争」を思い知らされたオバマ政権 71
  カルザイ大統領の反乱 72
  アイケンベリー大使とマクリスタル司令官の対立 74
  カルザイ・ファミリーに屈したオバマ 76
「カンダハルのアル・カポネ」とCIA 79
  解任されたマクリスタル駐アフガン米司令官 82
「裏切られた」マクリスタル 86

第4章 迷走するオバマの戦争 90

「リベンジ」に燃えたCIA 90
  テロ首謀者を殺害し復讐を成し遂げたCIA 92
  パキスタンで展開された目に見えない戦争 94
  ウィキリークスが暴露した特殊部隊の急襲作戦 97
  カルザイ大統領の米国批判と激怒したペトレイアス司令官 101
  アフガン戦略「第一フェーズ成功」は本当か? 104
  カルザイ大統領の警備車両は五八台 106
  軍と文民活動はバラバラ 109
「米軍は拠点を築いているだけ」113
  アフガン治安機関の訓練はうまくいかない 115
「問題はパキスタンだ」の論調強まる 117

第5章 CIA対ISIの秘密諜報戦争 120

 ハリウッド映画顔負けのストリート・バイオレンス 120
  謎多きラホール事件とレイモンド・デービス 122
  暴かれたレイモンド・デービスの正体 124
  CIAとISIの諜報戦 128
  ねじれた関係に駄目押しとなったビン・ラディン殺害作戦 131
「ビン・ラディン殺害」というショック療法に期待したオバマ政権 133
  対テロ戦争で「変質」したパキスタン社会 136
  崩れる米国との同盟関係 141
  中国の驚異的な進出 144
  厳戒の町ペシャワール訪問 148
  パキスタンに最大限の圧力をかけたマレン議長の爆弾発言 154
  米陰謀論を捲し立てたグル元ISI長官 157
  埋めがたい米・パ間の認識の乖離 162

第6章 戦略転換と秘密作戦 165

 新アフガン戦略の「目標達成」を宣言したオバマ大統領 165
「大事なのは米国自身のネーション・ビルディング」167
  再び先鋭化した「増派」論議の時の対立軸 169
「アフガン・グッド・イナフ」チーム 172
  政権内の世代交代と力を持つ「オバミアン」174
  アフガン戦争は「CIAの戦争だ」178
  一〇年間で三千名を殺害したCIA 180
  拡大する無人機による暗殺作戦 185
  CIAと軍特殊部隊の新たな統合 187
  米軍は二〇一三年末までに戦闘任務を終了 191
  特殊部隊中心の「支援任務」に移行 194
  英メディアが報じたNATO軍の秘密報告書 196
  現役の米軍中佐による内部告発 200

第7章 偽りのサクセス・ストーリー 204

 オバマはなぜアフガンを電撃訪問したのか? 204
  再選キャンペーンで美化されたビン・ラディン殺害作戦 208
  現実と乖離する「サクセス・ストーリー」211
「オバマは無人機戦士だ」217
  イランを狙ったサイバー攻撃は米・イスラエル共同作戦だった 219
  限界まで強化されたカブールのセキュリティ 222
「我が国は再び破壊し尽くされる……」227
  アフガン部隊に引き渡した基地がタリバンに取られる 232
「米国は腐敗した政権をアフガニスタンに押しつけた」235
「持たざる者」の逆襲 237
「米国がもたらしたのは“弾丸”と“血”だけだ」241

エピローグ 247

 難航必至の「米・アフガニスタン安保条約」247
  特殊部隊と諜報機関をさらに増強 249

主な参考文献 252

あとがき 260

プロローグ



▼オサマ・ビン・ラディン殺害の現場へ

「あっ、軍の連中が封鎖している。これ以上進めない、戻ろう!」
  現地コーディネーターのベイグ氏が興奮気味に運転手に伝える。林道を少し広げただけの道幅三メートルほどの砂利道は、二本の太いバーで全面的に遮断されていた。道路脇には粗末な警備小屋が建てられ、小銃で武装した軍人が見張っている。ひと足早く訪れたモンスーンの影響で、この日はスコールのような激しい雨が降り注いでいた。黒いヤッケを着込んだ軍人たちは、雨を避けてうつむき加減だったためか、我々の車には気がつかなかったようだ。
  運転手はすぐにハンドルを切り、国道に続く別の小道へと車を進める。少し行くと林が終わり、左右に空き地が広がった。ベイグ氏が右手を指しながら語る。
「あの二百メートルくらい先に見える白い建物、あそこがビン・ラディン邸です」
  テレビや新聞で何度も目にした建造物を視界に捉えた。米政府が一〇年間にわたって追い続けた国際テロリスト、オサマ・ビン・ラディンが殺害された現場である。
  二〇一一年七月末、私はパキスタン北部の町アボタバードに来ていた。その年の五月二日に、オバマ大統領が米軍特殊部隊シールズを送り込み、ビン・ラディン暗殺作戦を実行したあの場所だ。事件発生直後こそ世界中のメディア関係者が訪れていたが、あれから二カ月半、ビン・ラディン邸はパキスタン軍部が完全に管理下に置き、人っ子一人近づけないように封鎖されていた。邸から国道まで戻る道の両脇には庭付きの豪華な戸建て住宅が建ち並ぶ。日本で言うなら箱根の別荘地のようなイメージだ。
「この辺に住んでいるのはほとんどがパキスタン軍の元将校たちです」
  とベイグ氏が説明した。こんな緑豊かで閑静な住宅街に、世界でもっとも有名なテロリストが潜んでいたというのだから驚きだ。
  町の中心部を走ると、道の両側数キロにわたって軍の施設が続く。士官学校、軍病院、防空センター、特殊部隊訓練センター、軍統合情報部の訓練センターなど、どこを見ても軍の施設ばかりだ。こんな軍事基地だらけの場所に、米軍ヘリが飛んできたのだから、パキスタン軍のメンツは丸潰れである。その反動で外国人やジャーナリストに対する取り締まりが強化され、周囲にはピリピリとした緊張感が張り詰めていた……。

▼秘密戦争をエスカレートさせたオバマ

 この「ビン・ラディン殺害作戦」は、米国の対テロ政策に大きな変化を与えた。作戦から間もない二〇一一年六月末、オバマ大統領はアフガニスタンからの米軍撤退計画を発表し、七月には実際に一部撤退が開始された。そして二〇一二年の米大統領選挙では、ビン・ラディン殺害作戦におけるオバマ大統領のリーダーシップが、再選キャンペーンの目玉の一つとなった。
「いかに大統領が苦しい決断を一人で下し、対テロ戦争の流れを変えてアルカイダを弱体化させたのか。どれだけアメリカ合衆国の安全を高めることに貢献したのか」
  オバマ陣営はこの大統領の決断力と指導力を声高にアピールするキャンペーンを繰り広げたのだ。このビン・ラディン殺害は、オバマ大統領の四年間の外交・安全保障政策の中で、最大の実績と位置づけられたのである。
「特殊部隊を使った暗殺作戦」を最大の功績と言ってしまうバラク・オバマとは、いったいどんな大統領だったのだろうか?
  二〇〇九年一月にオバマが新大統領に就任した時、世界の多くの人々が、「黒人初の新大統領は、ブッシュ時代の対テロ戦争と決別して、戦争のない世界を実現しようとする理想の指導者なのではないか」という淡い期待を抱いた。当時オバマは、「イラクからの米軍の撤退」「核なき世界の実現」「イランや北朝鮮との対話」を訴え、ソフトな対外政策のイメージを打ち出して人気を博した。
  しかし、こうしたソフトなイメージとは対象的に、大統領に就任したオバマは、ブッシュ政権時代に始められた多くの政策を引き継ぎ、さらに攻撃的に拡大、発展させた。特にブッシュ時代に始められた秘密工作のプログラムを劇的に拡大させ、「秘密の戦争」をエスカレートさせたのである。
  そして、大統領の第一期の任期が終わった現在、オバマのアメリカは、イラクから米軍部隊を撤退させ、アフガニスタンからも正規軍を撤収させる一方で、無人機を使った暗殺作戦、特殊部隊を使ったテロリスト掃討作戦、そしてサイバー攻撃による敵の重要施設の破壊・妨害工作を激化させている。「オバマの戦争」は、我々の目の届かないところで、秘密裏に、そして激しく展開されるようになっている。
  二〇一二年九月一一日、あの忌まわしい9・11テロから一一年目のこの日、オバマ政権の高官がテロで命を落とした。リビアの東部ベンガジにある米領事館が現地の武装勢力の襲撃を受け、クリストファー・スティーブンス米大使が犠牲になったのである。当初は、イスラム教を冒?したビデオに抗議する反米デモ隊が暴徒化して領事館を襲撃、放火した偶発的な事件と見られていた。しかし、すぐに米インテリジェンス・コミュニティは、「この襲撃が組織的に計画されたものであり、攻撃者の一部にアルカイダと関係するグループやアルカイダに同情を寄せるグループが含まれていた」ことを明らかにした。
  オバマ政権がアフガニスタン、パキスタンやイエメンで秘密の戦いを激化させてきたにもかかわらず、イスラム過激派の力は衰えることなく世界に拡散している現実が浮かび上がってきた。オバマの秘密部隊と国際テロ・ネットワークの見えない戦争は、終わりなき潰し合いの様相を呈してきているのだ。
  ノーベル平和賞を受賞した黒人初の大統領は、いかにして米国史上もっとも過激な「秘密戦争の司令官」に変わっていったのだろうか? 米国の戦争と諜報活動は、オバマ政権でどのように変貌し、世界の安全保障情勢にどのような影響を与えてきたのだろうか? そして第二期に突入したオバマ大統領の戦争は、これからどこに向かって進んでいくのだろうか?
  過去四年間のオバマ政権の軍事作戦と秘密諜報活動を詳細にレビューし、オバマとCIAの隠された戦争の実像を描くと同時に、混迷を深める現代戦争のリアルな実態や衰退する米国と無極化する世界の現実をお伝えしていこう。

菅原 出(すがわら・いずる)
1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。