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序 文 ??未来に対して前向きなエネルギー論
弘前大学北日本新エネルギー研究所教授・副所長  村岡洋文

 本書は法律事務所に所属し、多忙を極める現役の法律家、清水政彦氏が上梓した出色の地熱エネルギー論の書である。いや、エネルギー全般の書と言ってよいだろう。清水氏はエネルギー問題の本質である政策、法制度、経済性の観点から、各エネルギーについて、さまざまの粉飾を排除し、鋭い切り口でゼロから評価して行く。
  作られた低コスト原子力発電の虚構を切る。原子力発電の国防上の脆弱性を衝く。火力発電を再評価し、なぜ代替エネルギーでなければならないのかを、ゼロから自問する。この第1章と第2章だけでも、隠された情報を紡ぎ出す数々の洞察に、読み応えは十分である。読者はあたかも推理小説のように、引き込まれることになるだろう。
  続いて、代表的な代替エネルギーの実力を評価している。政府の政策誘導で太陽光発電・風力発電のみが新エネルギーの代表となったが、その問題点を衝く。最近の政策誘導の対象である「1千万戸に太陽光パネル」や「浮体式洋上風力発電」の費用対効果を切る。スマートグリッドの国防上の脆弱性を衝く。そして、長らく政策的に虐げられ、忘却を余儀なくされた地熱に辿り着く。この第3章も圧巻である。地熱専門家の私が小躍りして読んだことは言うまでもない。
  第4章では地熱利用を中心にして、東北地方の震災復興の青写真を論じている。それは夢のある新しい街づくりである。これには地熱発電だけでなく、熱水の直接利用も主役級に抜擢されている。
  第5章では地熱発電の基礎知識を整理している。第6章では地熱の長所と短所をまとめ、短所の打開策を述べている。第7章では進んだ世界の地熱開発と、停滞した日本の地熱開発を紹介している。
  第8章では無尽蔵の地熱資源を活用すると題して、地熱の将来展望を述べている。そして、最終章で「東京で地熱開発」について語っている。

 本書の最大の特徴は文理融合とも言うべき幅広い視点と柔軟な姿勢にある。しかも、あくまでも未来に対して前向きである。それゆえに、読者を飽きさせない。これは地熱や技術の専門家がなし得ないエネルギー論の書である。
  わが国はいま大きな曲がり角を迎えている。人口は減少に転じ、高齢者人口が急増し、労働人口が激減しつつある。製造業の中国やアジアへの移転により、産業の空洞化が進み、デフレ不況から脱却できないでいる。いまこそ、右肩上がりの時代に決別し、全く新しい長期ビジョンを打ち立てなければならない。この時期に、清水氏が地熱によるエネルギーと産業の長期ビジョンを熱く語ってくれたことに、地熱の専門家としてだけでなく、一国民として、盛大な拍手を贈りたい。


目 次

序文 村岡洋文(弘前大学北日本新エネルギー研究所教授・副所長 )1

第1章 福島原発事故と原発のコスト 7

事故以前の原子力発電のコスト/「平成16年試算」をどう見るか?/モデル試算のからくり/8・3円キロワット時でも甘い/事故前の実質コストは15円キロワット時?/隠蔽される原発のコスト/原発はコスト面で割に合わなくなった

第2章 日本の電源をどうするか? 34

わが国に「核を管理する覚悟」はない/「原発安価神話」の再来(エネ研試算)/「やっつけ仕事」の原子力委員会の試算/「徹底検証」を避けたコスト等検証委員会/継続される「愚民政策」/自然災害より恐ろしい国防上の懸念/同盟国の警告を無視する「平和ボケ」/電力供給のエースは火力発電/なぜ「代替エネルギー」が必要なのか?

第3章 代替エネルギーの実力 56
太陽光・風力発電の限界/電気は「ジャスト・イン・タイム」に供給しなければならない/不安定な電源が増えるとどうなるか?/恐ろしく割高な「スマートグリッド」/風力発電は離隔地の自給用と割り切る/「浮体式洋上風力発電」って本気ですか?/太陽光発電は「金持ちの道楽」で/「再生エネルギー法」の内容/太陽光発電で「おトク」にはならない/太陽光発電の普及は社会的コストを増大させる/地熱こそ「自然エネルギー」のエース/地熱発電のメリット

第4章 復興事業としての地熱開発 90

津波のない内陸部への人口誘導/東北地方内陸部は世界有数の地熱有望地帯/かつては日本の地熱開発は世界をリードしていた/地熱発電の大きなメリット/地熱発電所のある夢の暮らし

第5章 地熱発電の基礎知識 110

最も伝統的な「蒸気フラッシュ発電」/低温の熱源でも発電可能な「バイナリーサイクル発電」/自家用レベルの「温泉発電」/次世代技術の「高温岩体発電」/捨て置かれる夢の技術/地熱発電のメリット

第6章 これでも地熱は駄目ですか? 133

「地熱発電の弱点」は解消できる/リスクを説明して温泉業者との共存を目指す/温泉業者を潤すこれだけのメリット/地熱開発を妨げる法規制/やればできる規制緩和

第7章 世界と日本の地熱開発 158

世界の地熱開発はここまで進んでいる/日本の地熱発電所/地熱技術に対する不当な仕打ち/まだまだ低い地熱発電への関心/世界に誇れる地熱資源大国/地熱技術の「伸びしろ」は無限にある/発電コストはさらに下がる

第8章 無尽蔵の地熱資源を活用する 198

封印された「夢の技術」/なぜ「同軸二重管」なのか?/「熱電発電」も大いに期待できる/今すぐできる「地中熱」の利用

第9章 東京で「地熱開発」218

雨水を地中熱で冷やしてエアコンの効率を高める/都市排熱は冷房に使える/「冷熱貯蔵タンク」で夏の電力のピークカット/東京の地下鉄網で冷熱を供給する/東京湾の海中熱も冷却槽として活用/首都で「地中熱」を利用することの意義

あとがき 234

 

あとがき

 福島原発の事故後、わが国のエネルギー政策の方向性をいかにすべきか?という問題は、実に頭の痛い問題です。しかし、現在のわが国の状況を見るに、政界も学会も、あるいはマスコミも、この問題をあまり真面目に考えているようには見えないのです。
  新聞紙上に踊る話はどれも現実味が乏しいものばかりで、「浮体式洋上風力」にしても、「一千万戸に太陽光発電」にしても、果たしてどこまで本気で言っているのか怪しいものです。
  本編にも書きましたが、仮に現段階で「100万キロワットの浮体式洋上風力」や「太陽光発電4000万キロワット」といった壮大すぎる計画を強行しても、莫大な費用に見合った成果が得られる見込みはなく、この投資が将来の技術革新につながる可能性も薄いと言わざるを得ません。
  数千億円、数兆円という単位の莫大な額の税金が無駄になると分かっていながら、こういう無茶を公の場で語ることが許されているのは、ひとえに「大震災ショック」の余波と、その後の「にわかエコ・ブーム」が今なお冷めやらないからにすぎません。
  結局のところ、彼らの言っていることは、進歩派を気取ったアリバイ作りにすぎないのです。実現性や国民の負担とは無関係に、何となく「エコっぽいこと」をやっているようにアピールして当座をしのぎ、ほとぼりが冷めた頃、より正確に言い換えれば、大衆が「エコ祭り」に疲れてきた頃を見計らって「原子力発電」に回帰するつもりなのでしょう。
  こんなご時世ですから、ややブチ上げ気味に、「東京で地熱発電」という無茶を言い出す人がいたってよさそうなものですが、今のところ、どういうわけかこの種の計画を口にした人は寡聞にして聞きません。

 まだ誰も言わないというなら、恥はかき捨てる覚悟で、今ここで言ってやろうじゃないか!つまりわれわれは、今こそ「東京で地熱発電」という無茶を試してみるべきである……と吼えてみるのが、本書の存在意義であり、筆者の目論見であります。

「東京で地熱発電」という無茶を実行することは確かに困難ではありますが、技術的に不可能ではないのです。
  費用だって、実証試験用の小型プラント1基だけなら大した金額にはならないでしょう。福島沖に排水量数万トン(戦艦級)の「浮体式」超大型風車を100基以上並べるという途方もない計画と比べれば、リスクは無視して良いレベルだと言っても許されると思います。
  大深度の井戸の試掘と試験プラントの設置・運用に十分な予算(たとえば200〜300億円)をつけたとしても、この支出は国策の研究開発予算だと割り切ってしまうことが可能な範囲に止まります。
  試掘のための土地がないわけでもありません。都心付近ですら、練馬区の成増、大泉、埼玉県和光市にかけての一帯には、だだっ広い公有地がほぼ未利用のままで残っており、お台場の先の埋立地(中央防波堤内側埋立地)は文字通り「何もない」状態です。政府にその気さえあれば、試験的な掘削を行なう用地に困ることはないはずです。
  この機会に、試しに東京の地下を10キロ掘り下げて、深部地殻の構造、鉱物の組成や地温についてのデータを採取してみてはどうでしょうか?
  東京の都心でも、その地下を2キロほど掘ると、浴用になる温度の天然温泉が出てくることが知られています。仮に10キロ掘ったら、バイナリー方式で発電するに足りる地温が得られる可能性は高いでしょう。
  また、地質学や地震学上の知見を深める意味でも、首都直下の深部地殻を調査することは意味のある研究ですから、この掘削実験は決して無駄にはなりません。二重管に歪みセンサーを取り付けておけば、東京の深部地殻がどのように動いているかをリアルタイムに知ることができ、将来的な地震の予知に役立つでしょう。
  仮に東京直下の深部地殻が十分に熱いとすると、将来的に「熱電素子」の能力が高まれば、本格的な商業用発電を東京都内で実施することも不可能ではないでしょう。いま必要なのは、それ以前の段階として、「東京の地下深くは、一体どうなっているか?」を正確に知ることなのです。
  つまり、当面は発電設備としての実用性など、無視してよいのです。将来に夢をつなぐ事業と割り切って、野心的な「東京で地熱発電」計画に着手してみませんか?
  たとえ当初得られる発電力がわずかでも、このミニ発電所は、将来的に人類をエネルギー飢餓から救う「夢の技術」の芽であることは間違いありません。
  仮にこうした試験プラントが都心付近(練馬区や臨海部)に建設されれば、首都圏の小中学生が社会科見学で遍く訪れる鉄板見学コースになるはずです。その意味で、発電所としての能力よりも、むしろ研究用・広報用の設備を充実させることになるでしょう。
  東京お台場にある「日本科学未来館」は、相当にお金のかかった贅沢な施設を都心近くに構えていますが、これと言って何か生産しているわけではありません。それでも、「無駄だ、潰してしまえ」という声をあまり聞かないのは、少年層向け教育施設としての役割が理解されているからでしょう。
  100年後を支える人材に、確かな「夢の可能性」を指し示すための200億円なら、今まさに非常時にある国家として、こんなに安い投資があるでしょうか?(清水政彦)

清水政彦(しみず・まさひこ)
昭和54年生まれ。東京大学経済学部卒。金融法務のかたわら環境・地熱資源について研究を続ける。平成21年、地熱開発研究の第一人者である「産業技術総合研究所」地熱資源研究グループ長(現在、弘前大学北日本新エネルギー研究所)の村岡洋文教授とともに、内閣府規制改革推進室を通じて、地熱バイナリー発電に関する規制緩和(ボイラータービン主任技術者選任義務の撤廃)に従事する。現在、三井法律事務所勤務。月刊「文藝春秋」(平成20年12月号)にて、お堀に下水が流れ込んでいる事実を指摘した「陛下、皇居の濠が汚染されています」を発表し、話題となる。著書に『零戦と戦艦大和(共著)』(文春新書)、『零式艦上戦闘機』(新潮選書)がある。