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「まえがき」にかえて
日本女性の礼儀作法のルーツは武士の女の作法

「ウチの奥さん」の「奥さん」は武士語である。奥の人の意味。武家屋敷は表屋敷が公邸兼官邸、つまり会社。奥屋敷は私邸。将軍家が本丸(公邸)、中奥(官邸)、大奥(私邸)とに分かれているのと同じ理由である。
  奥様は、奥屋敷の総大将。幼児までの子供たちの養育、家事の仕切り、奥の召使いの採用、解雇などすべては奥様の権限。夫である殿様は奥屋敷のことに口は出せない。奥のことは一切合切、奥さんまかせ。この心の遺伝子は、いまでも日本の夫婦に残っている。だから奥さんは自分を「家内です」と自己紹介する。
  このルーツは鎌倉の世、坂東武者の夫婦にあった。
  彼らは公家支配の荘園から独立宣言し、自らが開拓した土地は自分の領地とした。これが「一所懸命」の語源。表の力仕事はアンタが、裏の家事育児はワタシがと、領地は共同経営となり、京の公家の一夫多妻ではなく、自然に一夫一妻が育っていた。この一夫一妻こそ、武門の夫婦にとっての戦友の契りであった。
  北条政子は、夫頼朝の浮気相手の女の家を叩き壞した。政子が特別、勝ち気な女であったのではない。妻が夫の浮気相手の家を叩き壞す「うわなりうち」(後妻打)は、坂東ではよくあった。共に苦労してきた者、領地経営の戦友の連帯感が裏切られたからだ。
  この戦友の契りは、連綿と江戸の世まで受け継がれていった。武士の妻の作法、品格の根幹にあるものは、夫との戦友の契りだ。
  近年、女性の品格が取り沙汰されている。しかし、礼儀作法や周囲への気配りさえ合格なら、それでOKとされている気がしてならない。だが、これだけでは十分ではない。日本女性の礼儀作法のルーツは武士の女の作法にある。
  武士の女の作法とは何であったか。そのための躾は、どのようなものであったか。これを知るべきである。そして、そのエッセンスが理解できれば、男女共同参画時代の女性の品格、また国際社会に打って出る日本女性にオリジナリティのある品格が立ち表われてくる。ぜひ、一読なされよ。



        ◇    ◇    ◇

 むかしむかし、あるところに浅田篤という名の武士の妻がいました。旗本とおぼしき浅田又左衛門の妻。篤は川へ……と、語り部が武士の夫婦の、あり得たかもしれない噺を語る。いまひとり、これを俯瞰して語る語り部がいる。はじめの語り部が口述したものを、もうひとりの語り部が筆録したと考えていただけたら幸いである。




 

目 次

「まえがき」にかえて
日本女性の礼儀作法のルーツは武士の女の作法  10

第一章 武士の娘は母の背と手をみて育った  13

一 女は髪かたちが一番大事。武家と町家の髷 13
二 家紋は武門のアイデンティティー 17
三 懐剣で自害するとは武士に憧れた庶民の作り話 20
四 奥様は奥の大将。表の殿も口出し禁止 24
五 お歯黒は日本女性の美しさと宣教師は感嘆した 31
六 男子は父、女子は母。武家の教育仕分け 35
七 戦国の世の武士は正座を嫌った 40
八 日本女性の立居振舞のコツは腰 44
九 刀が武士の魂なら武士の女の魂は帯 49
十 乳母は授乳だけでなく教育係 54

第二章 武士の妻は姑から奥の心得を学ぶ  59

十一 正妻の家臣である側室は一夫多妻制とは違う 59
十二 三三九度は過去、現在、未来をつなぐ儀式 62
十三 意外や江戸の刑法の精神は恟卵ク男卑掾@66
十四 おなごを拷問にかけるなど、もってのほか 70
十五 男と女の性の違いがわかる江戸の男女平等 76
十六 三下半は夫婦で交わした死後の愛の契約書 82
十七「お前にスキがあった」を忘れた現代女性 88
十八 女性の礼儀作法のルーツも常在戦場の心得 93
十九 武門のリベンジは武士の娘、妻にかかっていた 97
二十 キャリアウーマンだった大奥の武士の娘たち 104

第三章 女の鎧をまとった大奥の女の戦い  109

二十一 夫と息子の出世のため大奥のドンとなった春日局 109
二十二 大奥は旗本のプライドを背負った女たちの戦さ場 114
二十三 なぜ薙刀が武士の娘の必須科目なのか 118
二十四 大奥の水面下での武家と公家の熾烈な戦い 122
二十五 お珠(ガラシャ)は関ヶ原東軍勝利の陰の立役者 128
二十六 戦国の姫は政略結婚の犠牲者でない。お市の方の戦い方 131
二十七 大阪城炎上は織田家再興を賭けた淀君の意地 137
二十八 大阪方、徳川方に両天秤。ダメ亭主を出世させたお初の方 142
二十九 末っ子の眼力で運を呼び寄せたお江 146
三十 信長とのスパイ合戦に破れた濃姫 150

第四章 「一夫一妻」は武門のマニフェスト  156

三十一 夫の愛人宅に殴り込み。坂東武者の妻は強かった 156
三十二 間男を成敗するなど武士の風上にもおけぬ奴 160
三十三 武士は心中を嫌う。現世の願望を来世に託すことが大嫌い 164
三十四 武士の婦女の得意技は目顔で知らせ、目顔を察する 168
三十五 家名を汚すことが、一番に許されまじきこと 171
三十六「御家大事」が江戸の武門のマニフェスト 176
三十七 型にはまれ!型稽古は敵の心の動きを読む稽古 180
三十八「コツを覚える」のコツは骨。武士は骨を操る達人 183
三十九 心得ある武術家は言う。一番怖いのは奥さん 185
四十 武士の「エンディング・ノート」189

あとがき 196

杉山頴男(すぎやま・ひでお)
昭和21年生まれ。ベースボール・マガジン社入社。『週刊プロレス』創刊編集長。移民国家アメリカの典型的格差社会ならいざしらず、世界一級の教育レベルを持つ日本の青少年が、なぜにプロレスに夢中になるのか。この自らの設問を解いた証しとして『格闘技通信』を編集長として創刊。退社し、杉山頴男事務所を設立、『武道通信』を創刊(平成10年)。『武道通信』電子本、兵頭二十八絶版本などのオンライン読本の電子出版に移行する。まぐまぐ有料メルマガ『武士の女の品格─武士の妻女からみた武士道』と『編集とは時代の精神との格闘だ!─週刊プロレス・格闘技・武道通信への軌跡』を杉山頴男Net私塾として月2回配信する。著書に『サムライと日本刀─土方歳三からの言伝て』『使ってみたい武士の作法[増補版]』(並木書房)がある。『武道通信』http://www.budotusin.net