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<<はじめに>>

  テレビで誰かが言っていた。
「町工場は日本の宝です! 守らなくてはいけません」
しかし、すぐにこう続いた。
「防衛予算は多すぎる。90式戦車? あんなものはいらない!」

私は防衛問題を学ばせていただいている「はしくれ」であり、偉そうなことを言える立場ではないが、ここ数年の取材を通して、見たり聞いたりした限りの感覚で言うと、この言葉には誤解があるような気がしてならなかった。

戦車一両製造するのに約一三〇〇社に及ぶ企業が関係している。そして、その多くが、いわゆる「町工場」だ。
戦車だけではない、戦闘機が約一二〇〇社、護衛艦は約二五〇〇社が関連していると言われている。仮に、防衛予算をもっと削って装備品の生産が縮小された場合、これらの何千社にものぼる中小企業にとっては計り知れない打撃となるのだ。
もちろん、各企業は防衛装備品だけを請け負っているわけではなく、「民需」つまり一般向けの製品も製造している場合が大半であるから、防衛装備品の数が減っても、そう簡単に会社は潰れることはないと思われるかもしれない。

しかし、リーマンショック以来の景気低迷により民需部門は陰りをみせており、防衛部門を補う余力はもはやない。今、膨大な数の防衛関連企業に訪れている危機に防波堤はなく、そのまま数千社の社員、その家族、出入り業者に至るまで、まるで津波のように襲うのである。

それに、これらの防衛関連企業には、防衛需要(防需)への依存度が五〇%以上、中には八〇%という企業もある。なぜリスクヘッジしないのかと思われるかもしれないが、防衛装備は特殊なものであり、専門の技能や設備を要し、また防衛政策に関わる保全という意味においても民生品と一緒には製造できないことも多く、何より「儲け」ではなく、「使命感」でもっている企業がほとんどなのだ。
では、それらの企業に対し、金銭的な援助をすれば問題は解決するのかと言えば、必ずしもそうではない。装備品を作るためのノウハウを持った「人」があって初めて生産ラインは維持できるのである。そして、ラインは量産を前提とするものであり、年に一つ二つ製造する程度ではノウハウを持った「人」の維持や育成も困難だ。

町工場はノウハウを持った「人」が存在し、注文があって常に機械が動いてこそ、血液が循環し呼吸をして、日本の心臓部となり得るのである。延命措置をしようにも注文という酸素を送り込まなければ、その行く末にあるのは「死」だけだろう。
方策を打たなければ手遅れになる。しかも今すぐに。なぜなら今、この瞬間にも防衛部門から撤退、または倒産、廃業する企業が相次いでおり、職人たちは日に日に高齢化し、技術の継承はいとも簡単に途絶えてしまうからだ。

現代風の常識で考えれば、特殊で優秀な技術を持っているのなら、お金になるビジネスに転化する方法もあるのではないかという発想にもなろう。それが生き残る道だと。
そこで、今、立ち止まって考えてみたい。いわゆる「防衛産業」とは何か、ということを。
防衛産業は「国の宝」と言えないだろうか?
これがなくなれば、国産装備品の製造ができず、万一有事になった時、輸入に依存していれば供給が途絶える可能性があり、その時点で国家の生命は終わる。

多くの防衛産業の人たちは「儲かるか」「儲からないか」という次元ではなく、「国を守れるか守れないのか」という視点で、日々研究開発に努めているというのが取材を通して得た私の印象だ。
彼らは防衛部門をビジネスのツールとしているのではない。なぜなら、すでにこの分野では商売としての「うまみ」はほとんどないのだ。しかし、世の中はそうした目で彼らを見ていない。

私はこれまで、元軍艦であり元南極観測船の「宗谷」や戦後から今に至る機雷の掃海部隊に関する本を書き、読んでいただいた多くの読者が、これらの活躍ぶりに共鳴して下さった。「防衛産業」については、その方たちは今、どのような印象をお持ちだろうか。
「濡れ手で粟のボロ儲け」「天下り先」「官とのもたれあい」などなど、正直言ってどこかスキャンダラスで、後ろ暗いイメージが先行しているのではないだろうか。

確かに私利私欲に走る一部の心ない関係者によって、こうした言葉を想起させるような出来事が起きることがある。また、もっとムダを省けるところや、調達と運用側との温度差が生じているものがあるかもしれない。問題があれば、厳しく追及する必要があり、その解決に向けて提言する客観的な機能も求められる。
しかし、一方で、私たち国民は多額の税金を投じている国防や、それを支える産業について十分理解しているといえるだろうか。

どんな人が携わり、どれくらいの時間をかけ、どんな思いで取り組んでいるのか、知っているだろうか。ニュースや新聞報道という「断片」でしか、防衛産業に対する評価をしていないのではないか。
国防の現場を理解することは、国民の務めと言っても過言ではない。私たちは、防衛産業に多額の税金を投じて、将来、この国を守れるかどうかに関わる国産防衛装備品、使われないことを祈りながらも、持つことで抑止力となる「国民の財産」を作っているのだ、ということを改めて認識する時期にきているのではないか。

私なりの視点で、これまであまり語られることのなかった「防衛産業」の実態を覗いてみたいと思う。



 

<<目 次>>

はじめに 9

第1章 国防を支える企業が減っている 13

富士重工vs 防衛省の衝撃 13
戦闘機生産の空白がもたらす生産技術基盤の弱体化 16
国産の装備品を製造できなくなる…… 22

第2章 国家と運命をともに 25

国産戦車製作の草分け││三菱重工 25
「どこまでも国家と運命をともにせよ」 28
ラインに乗る90式戦車は年間八両 30
製品への愛情なしにはできない仕事 33
「戦車不要論」を選んだカナダでは 36
実は?人にやさしい?戦車 38

第3章 戦車乗りは何でも自分でやる 41

戦車射撃競技会でわかったこと 41
戦車乗りと馬乗りはそっくり 45
戦車のこれからを考える 50

第4章 戦車製造の最前線 53

節約しても「物作り」の矜持は失わない││常磐製作所 53
新戦車三両カットの先にあるもの││洞菱工機 56
職人集めはバンド作りと同じ││エステック社 61
腕のいい職人は一度切ったら集められない 63
職人としての矜持 65
昭和の香りそのままの木造事務所││石井製作所 67
製品検査は担当者しだい 72
必要なのは「鉄と戦う」気概 76
「どうしても投げ出せない」 78

第5章 武器輸出三原則の見直し 84

欧米との共同開発ができない 84
「武器輸出三原則」が生まれた背景 88
三木内閣でさらに後退 89
堀田ハガネ事件 91
平和維持と武器輸出 92

第6章 日本を守る「盾」作り 96

ゴム製造は国策の重大テーマ││明治ゴム化成 96
社の宝物はゴムの「レシピ」 99
「儲けなくていい。だが開発できない会社はだめだ」 100
日銀のマットが語るもの 103
「日本の一大事、なんとかしましょう」││三菱長崎機工 106
宿命ともいうべき職務に踏みとどまる 108
人を、国を守る「盾」作り 110

第7章 富士学校と武器学校 112

火砲そして砲兵の現場へ││富士学校 112
「助け合わなければ強くなれない」 115
戦いに勝つのは火力があればこそ 118
火砲の戦力が再評価されている 121
国防費は国民財産として残るもの 123
データ解析で約三〇億円の削減に 125
予科練の地に立つ││武器学校 127
戦友のため槍先を研ぎ、整える 129

第8章 刀鍛冶のいる工場 133

「プレスは餅をこねるように」││日本製鋼所 133
海外メーカーを抜いた砲製造技術 136
DNAが戦後生まれとは違う 139

第9章 女性が支える「匠の技」 149

ジャイロ・コンパスの国産化を目指して││多摩川精機 149
創業以来「男女同一賃金、同一労働」 151
敗戦、そして再開の道へ 155
ロケットからハイブリッドカーまで 158
開発力は最大の抑止力 162

第10章 日本の技術者をどう守るか 164

特車から弾薬まで││コマツ 164
百%官需企業の苦悩││IHIエアロスペース 167
宇宙開発も「仕分け」でストップ 170
ライセンス国産の苦労 171
防衛省でも宇宙開発への取り組みが始まったが…… 173

第11章 国内唯一の小口径弾薬メーカー 176

何度も社名が変わった旭精機工業 176
弾が作れない! 180
NATO弾研究から国内唯一のメーカーに 182
海外製の製造機を通して学んだもの 183
弾薬は均一性が命 185
「いい弾ですね」と部隊で言われた時が一番嬉しい 190

まとめ 防衛装備品調達の諸問題 192

装備品国産化の方針/国内防衛生産・技術基盤の特徴/スピンオフとスピンオン/国内防衛生産のいま/調達の形態/調達の仕組み・問題点/装備品調達のプロが育たない/日本の国情に合わせた装備/国際活動への対応/厳しい審査/インセンティブの採用/米国の調達改革/わが国の調達と今後の方向性/ライフサイクルコスト(LCC)/コスト抑制のために/短期集中調達/初期投資を「初度費」として計上/海外防衛産業の業界再編/日本の防衛産業再編/輸入は安い?高い?/オフセット取引/各国のオフセット取引体制/国際共同開発/商社の存在/まとめ

コラム 自衛隊の装備品開発の流れ 80
コラム 世界の武器輸出戦略 141
コンビニの市場より小さい日本の防衛産業 141
外交ツールとしての武器輸出 143
これが「韓流」防衛産業政策だ 144

増補1 国産装備と輸入装備 216
「防衛生産・技術基盤研究会」の最終報告書 216
自衛隊の主な国産装備と輸入装備(防衛生産・技術基盤研究会最終報告書より)220

増補2 君塚陸幕長インタビュー 227
震災の課題を検証・改善することが必要 227
隊員が装備品に誇りを持てることが大切 229
防衛産業の皆さんには頭が下がります 232
「リアリティーある陸上自衛隊の実現」235
おわりに 241

 

増補2 君塚陸幕長インタビュー(一部収録)

震災の課題を検証・改善することが必要

『誰も語らなかった防衛産業』の出版から二年足らずではありますが、その後まず「防衛大綱」や「中期防」が決定され、東日本大震災や米国の新国防戦略など、防衛省・自衛隊に関わる環境は目まぐるしい動きをみせています。
  そこで、『誰も語らなかった防衛産業』では主に陸上装備品の現場をご紹介したことから、増補版の出版にあたり君塚栄治陸上幕僚長に、これからの陸上自衛隊についてお話を伺いました。

――桜林(以下、略す)平成二二年に閣議決定された「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」では、「動的防衛力」という新たなキーワードが打ち出されました。これについてはどのようなお考えをお持ちですか?

君塚陸幕長(以下、陸幕長)どう具現化していくかという立場にあるが、周辺情勢を見れば、陸自として国民保護など考えた時に、抑止を重視して、事態が小さいうちに動いて抑止することはリアリティーがあると思う。グレーゾーンのうちから手を打って、事態がエスカレートしないようにするのが最良と考える。
  そのためには、全国に展開する陸自をいかに間に合うようにするかが課題。万一の場合に住民を守らなければならない陸自が、迅速に間に合うようにするのが「動的」の意味するところだと思う。

――そうですね。ただちょっと気になっているのは、世の中の人が警戒・監視活動だけが抑止力と早合点してしまうのではないかということです。当然それは抑止力の重要な役割ですが、本丸に攻め入ってもそこがガタガタになっているとわかったら、いくらパトロールを強化しても抑止にはならないですよね。

陸幕長 財政事情が厳しいため、警戒監視だけを重視という論理はあるかもしれない。ただ、震災後やさまざまな脅威のことを知って世間も気づいたのではないか。
  そこに移動して行って役に立つ能力がないといけないが、そのためには兵站も大事な要素。そこを責任持って平素から用意しないといけない。震災の課題を検証・改善することが必要になるだろう。

隊員が装備品に誇りを持てることが大切

――装備品の話をしたいと思いますが、この問題を議論するにあたって気づくのは、制服自衛官の方にも装備品がどのように作られ供給されるのか全く知らないし、関心もない方が少なくないようです。こうした中、「防衛生産・技術基盤」維持についてはどのように見ていらっしゃいますか?

陸幕長 陸自は国産の必要性が高い装備品が多く、そういう意味で陸海空自衛隊の中で最も防衛産業と密接な関係にある。
  ただ、陸戦の特徴から、陸自には国産の装備品が多いのはやむを得ない。地形や気象の影響を受けるので日本のそれに適合するものでなければならないし、やはり装備を扱う人間が大事なので、隊員が、装備品に対して誇りを持てることが大切。それは装備品に対する信頼感があってはじめて成り立つ。
  米軍でかつてベレー帽を調達した時に、中国製だということが判明してすべて廃棄したことがあったが、価格や質の良し悪しだけでなく兵士のモチベーションが問われるものだ。

――陸自の場合は海・空とは違うと割り切っていいと思います。それぞれに事情が異なり一緒に議論するのは難しいことですよね。陸自は日本の主権・独立を守る最後の砦なので、士気にも関わることもこだわって欲しいと思います。
  しかし、そうはいっても厳しい財政事情ではこうした思いだけでは如何ともしがたく、経済性などで説明する必要もありますが、そうした面を見ても輸入が決して安いわけではないと思うのですが……。

陸幕長 売る時はいいことを言うものだ。他国から装備品を輸入した場合の過去の事例を調べて、日本以外の国での失敗例なども参考にして考えていかなくてはならないだろう。

――少なくともライセンス国産をする必要があると思います。中国・韓国は他国の技術を入れて死に物狂いでそれを国産に変えようとしているのに日本は逆行しようとしていて、これらの国には奇異に映るのではないでしょうか。戦後、公職追放の憂き目にあいながらも国産を追求してきた先人たちの思いが今の遺産となっていることを考えると、この議論は時間軸を五十年、百年という括りにしなければならないと思っています。防衛大綱の範囲内ではなかなか割り切れないこともあります。

陸幕長 研究開発がそれにあてはまる。輸入装備品を買うにしても、それに匹敵する技術が国内にあって買うのと、技術がなく輸入するしか選択肢がない状況で買うのとは違う。時間がかかるけど作れるよというのがバーゲニングパワー。(笑)

――今はかろうじてまだあるのでいいですが、これから止めてしまうと何も「売り」がなくなってしまい、その時に気づくのではないでしょうか。でも、その時には取り戻せないんですよね。国際共同開発と言っても、技術を持っているからこそであって、こちらに何もなければお呼びじゃないのだと思います。

陸幕長 技術交流だ防衛交流だと言っても、単なる交流だけに終始しては虚像に過ぎない。それぞれの国の技術の革新や防衛上の安全・安心に繋がらなければ虚が実像にならない。

 

おわりに

 ここに一つのアンケート結果がある。平成二一年一月、内閣府大臣官房政府広報室が行なった「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」だ。
  自衛隊の役割について、その「存在する目的」を「災害派遣」と答えた人が七八・四%でトップ。「今後、力を入れていく面」としても、同様に七三・八%の人が「災害派遣」としており、次に「国の安全確保」そして「国際平和協力活動への取り組み」が続いている。
  これは、今日まで陸海空自衛隊が災害時の出動や緊急患者輸送などで、国民の目に見え、直接触れる形で、その成果を上げてきた結果であろう。
  地域活動への支援は国民との関係構築に欠かせず、そうした細かい積み重ねが、現在の自衛隊の存在を作り上げてきたことも確かである。
  しかし、同時にこのアンケート結果は、自衛隊の存在について考えさせられる面もある。
  自衛隊は本来、災害派遣のために存在する組織ではない。国防を担う組織である。私自身このアンケートに答えた七割以上の人が自衛隊の存在に対して「誤解」をしていることに不安感を覚えざるを得ないが、ある意味、自衛隊が国民の理解を得るべく歩んできた努力の結晶でもあり、忸怩たるものがある。
  問題は、こうしたちょっとした意識の「すれ違い」が、将来に及ぼす影響である。
  事業仕分けでは、自衛官の制服をインナーだけでも輸入すれば、コスト削減になるという話が出たが、これは「すれ違い」の一つの象徴的な出来事だと私は感じた。
  自衛官の制服は納棺服である。万が一のことがあれば、彼らの血が滲む服なのだ。その服務の宣誓で「強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」と誓っている自衛官にとっては、この「制服を輸入」という論議は、たとえインナーであれ、誇りを傷つけられたのではないか、と私は思うのだ。
  かりに輸入となれば、ただでさえ厳しい国内繊維産業に追い討ちをかけるだけでなく、不良品の検査などにかかるコストを考えると、かえって割高になりかねないことは、これまで述べた通りである。生産国が突然「もう作りません」ということになったらアウトなのだ。
  こうした事実関係もさることながら、そもそも「自衛隊とは何か」という認識不足が、一般国民のみならず、政治のレベルにまで及んでいるとなれば、日本の「シビリアン・コントロール」にも疑問符を打たねばならない。

「国のため」「国民のため」に命懸けで尽くせと言いながら、予算はどんどん削り、日々厳しい節約を強い、装備品は行き渡らないので満足な訓練ができない。その状況でさらに削れるところはないかと、国産装備品といういわば「戦友」を排除しようという行政では、隊員の心中は如何ばかりだろうか。
「気持ち」を慮る余裕などない、と言われるかもしれないが、されど「気持ち」なのである。縷々述べてきたように、防衛産業に従事する人も訓練に励む自衛官も、「気持ち」があってこそなのだ。この無形の原動力なくして、国家の独立・存続は図れないのである。
  今後も日本の少子高齢化は進み、「子ども手当て」などの社会保障費への期待はますます高まるであろう。有権者の大半が高齢者となれば、政策は内向きにならざるを得ないのが常である。
  しかし、世界の事情を見ると、ここ五年間の各国の国防予算の推移は、厳しい財政事情にもかかわらず、平均で年六%と顕著な伸び率を示している。一方で、わが国の防衛予算は周辺各国に対して相対的に低下の一途である。日本の防衛予算は金額ベースでは世界屈指と言われるが、その内訳は、人件・糧食費が約四五%、基地対策費が約一〇%を占めている。装備品調達費は約一八%に過ぎず、GDP比は約一%で、世界第一五〇位である。
  厳しい国家財政も理解しなければならないが、もはや看過できないところまできたのではないだろうか。

 防衛生産基盤維持は安全保障問題の枝葉末節で、もっと本質的論議をしなければならないと言う人もいるが、これは決して瑣末な問題ではないと、私は思う。防衛生産基盤の維持と存続は、スピンオフなどにより国家の技術基盤を支えることや雇用の創出といった面もあるが、何より「専守防衛」を国是とするわが国にとって大きな「抑止力」となるのだ。
  装備品はずっと作り続けることで、新しいものが作れるのである。作ることをやめれば、新しいものは生まれないのだ。それはつまり国防力の低下を世界に示すようなものなのである。
  人生の多くの時間を投じて、ひたすら研究・開発に励む人々の存在はいわば国の「盾」。もしも、その技術者たちが他国にヘッドハンティングされてしまったら、「抑止力」は一瞬のうちになくなってしまうのだ。
「より安く」が前面に押し出されて、大事なことを見失ってはいないだろうか? 調達の改革をするのはいいが、本筋を見失っては意味がない。何度でもこの原点に立ち返って取り組むべきだろう。
  この防衛産業基盤維持の問題、なんだかんだ言っても畢竟は政治の説明責任に行き着く。「技術立国」日本、「専守防衛」の日本にとって、国産装備品の開発・製造は必要なのであると、国民にしっかりと説明を尽くさなければならない。
  一見割安な「輸入品」を購入して国民の税金を海外に流出させても構わないのか、多少コスト高に見えてもスピンオフなどの波及効果や内需拡大につながる国産装備品を守って日本の技術力を残すことを選ぶのか、今、究極の選択を迫られているとハッキリと示さないと、日本は自らの財産を知らず知らずに失ってしまうことになりかねない。時間はないのだ。
  そして、防衛産業について広く国民の理解を得るためには、人々の「疑念」を払拭することも急務だ。
  先日、「軍事の専門家」と称する人が、「年度末には、防衛省が予算消化のためにムダな買い物をするに違いありません」と語っていたが、こういう尻切れトンボの話がますます防衛省・自衛隊に対して不信感を高めるのだろう。
  予算消化の無駄遣いなどがしばしば問題視され、決して誉められたことではないが、では、なぜそうなるのかと言えば、緊急時に備えた予備費の越年ができないことが大きな要因と言えるのではないか。そうした根本問題への言及なしでは、単なるネガティブ・キャンペーンをしているに過ぎない。
  また、防衛産業は定年退職した自衛官の「天下り」先であり、そうした人たちが、いわば企業の営業マンのようになって後輩に働きかけるため、新規参入企業が立ち入る隙がないなどの話もある。
  大手企業に再就職するのは上級幹部が多いため、現場の隊員にとっては、まったく与り知らないしがらみにより運用上の不便を強いられることもあり、憤懣やるかたないという経験談も聞いたことがあるので、少なからず、そうした面があることは否定できない。
  こうした現場にしわ寄せが行く問題点に関しては、是正が求められることは言うまでもないが、一方で、これまで五〇代半ばで定年退職する自衛官のその後について、国が十分な手当てをせずに、企業に押しつけてきた事実も看過できまい。
  国として、自衛官に対する責任は極めて中途半端だと言わざるを得ない。五〇代半ばで「ハイ、サヨナラ」で、あとはご勝手に、という姿勢が非常に気にかかる。優秀な人材が知見を活かして防衛関連企業に再就職することは順当だと私は思うが、弊害が起こるのは、防衛省内の調達に関するプロフェッショナル不在が要因なのかもしれない。とにかくそうした抜本的見地からの改革なしに、ただ単に「天下り」が悪いと評するのはいかがなものであろうか。

 最後に陸上戦力について述べてみたい。今回、取材に応じてくれた防衛産業の経営者たちは、異口同音に「志」はあっても経営を維持するのが難しいと語っていた。これは私が取材した企業の多くが、戦車や火砲の製造に関わる企業だったことも理由の一つであろう。
  防衛予算の縮減と「選択と集中」により、とかく冷戦時の遺産とされる戦車や火砲は「選択されない」側に分類されがちだからだ。
  当然、シーレーン防衛やミサイル防衛など、海空による防衛力整備が最重要であることは言を待たない。しかし、もし両戦力が力尽きてしまったら、そこでゲーム・オーバー。「国の独立・存続を諦める」のだろうか。
  最後に残された陸上戦力は持久戦を戦うことになる。そこに、戦車や火砲は必要ないのだろうか。
  国を守る「国家の意志」の問題として、考えなくてはならないだろう。
  最近、残念に思うことがある。それは陸海空自衛隊は予算要求に際し、それぞれの正面の敵が陸海空の同じ自衛隊のように見えることである。しかし、国民にしてみれば、自衛隊は一つであり、戦車も護衛艦も戦闘機も同じ予算でしかないのである。
  また、陸海空自衛隊は統合運用ということで、三自衛隊による共同訓練や演習などがどれほど実施されているのかはわからないが、もし、活発に行なわれているなら、それぞれの戦力の位置付けに対して各自衛隊が理解を深められるハズではないだろうか。統合運用と言っても、それぞれの戦力分析や戦力構想は、未だ縦割りなのではないだろうか。
「戦略の誤りは、戦術で取り返すことはできない」
  とは軍事の世界でよく言われているが、まさに日本の防衛が抱える諸問題を指しているような言葉である。目先の予算、小手先の議論ばかりでは根本的解決には至らない。しかし、その繰り返しだからこそ、安易な陸上戦力軽視論が飛び出すのではないだろうか。サッカーの試合にたとえれば、どんなに良い選手を集めてもゴールキーパーなしでは戦うことはできないのだ。
  それでも私たちは「だって、予算がないのだから」で済ませるのだろうか?
  世の中には、失ったら二度と取り返せないものがある。防衛技術・生産基盤、そして陸上戦力然り。「国を最後まで守る意志」をどうするのか、これは、私たち日本人が急いで結論を出さねばならない課題である。

 今回、再版するにあたり、私も委員の一人として参加した「防衛生産・技術基盤研究会」の最終報告書の中から「国産装備と輸入装備」についての資料を追録しました。さらに君塚栄治陸上幕僚長から、「陸上自衛隊装備」の維持について、貴重なお話を聞くことができ、併せて収録いたしました。

桜林美佐(さくらばやし・みさ)
昭和45年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作した後、ジャーナリストに。ニッポン放送『上柳昌彦のお早うGood Day』「ザ・特集」にリポーターとして出演。「夕刊フジ」に『ニッポンの防衛産業』を連載。国防問題などを中心に取材・執筆。著書に『奇跡の船「宗谷」?昭和を走り続けた海の守り神』『海をひらく?知られざる掃海部隊』(ともに並木書房)、『終わらないラブレター?祖父母たちが語る「もうひとつの戦争体験」』(PHP研究所)、『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『ありがとう、金剛丸?星になった小さな自衛隊員』(ワニブックス)。桜林美佐の公式ホームページ(安全保障問題や自衛隊の話題を中心に更新中)www.misakura.net/