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「あとがき」に代えて
F‐2からF‐3へ

 初代F‐2飛行隊長の伊藤哲氏に始まった『海鷲の翼 F‐2戦闘機』の取材も、現役隊員に話を聞くことができ、ようやく終わりを迎えた。取材時、空幕長を務められていた内倉浩昭空将は、2025年8月付けで統合幕僚長になられた。いつか機会があれば内倉統幕長にインタビューしたいと思っている。
  今回の一連の取材を通じて感じたことは、国産戦闘機F‐2は、空自戦闘機パイロットたちの手で戦力化されたということである。これまでのF‐4やF‐15のようにすでに米軍で実績を積んできた機体とは違い、F‐2はF‐16をベースにしているとはいえ、心臓部のフラコン(フライトコントロールコンピューター)など国産である。それだけに配備後の初期の不具合にどう対処するか、関係者は人知れず苦労されたことは、これまでの取材でも明らかである。(中略)未知の第6世代戦闘機F‐3。その導入と実戦化は新しい道のりとなる。しかし、変わらないことは、空自戦闘機パイロット自身の手で、F‐3を使える戦闘機にするということだ、それはF‐2が歩んできた道と同じである。(中略)
  百里基地のエプロン──。
  数年前は、ここにF‐4ファントムの3個飛行隊が駐機していた。
  現在、ここにはシングルキャノピーの青色の機体F‐2が並んでいる。
  そして10年後、この場所に新たなF‐3戦闘飛行隊が飛来し、駐機しているかもしれない。
  機体がどんな形をしているのか、そして何色で塗色されているのかまったくわからない。しかし、そのF‐3には空自戦闘機パイロットが乗り、日本の空の最前線を守っているということに変わりはない。
  一瞬、筆者の脳裏に離陸するF‐3の勇姿が浮かんだ。でもそのエンジン音は聞こえない。どんな音がするのか、いまはまだ想像することもできない。

 

目 次

「まえがき」に代えて
F‐2は今も進化を続けている──内倉浩昭 航空幕僚長(現・統合幕僚長)1

  空幕長自ら広告塔! 1
   進化するF‐2戦闘機 3
「F‐2パイロットは滅茶苦茶忙しい」8
   もっともっと活躍して欲しい戦闘機 10

第1部 F‐1からF‐2へ 21

 第1章 誰にF‐2を任せるか──杉山政樹元空将補・山田真史元空将 22

  空自人事の舞台裏 22
   F‐2初代飛行隊長はこうして決まった 28
  茨の翼≠託された男 31

 第2章 F‐2初代飛行隊長──伊藤哲元空将補 33

  F‐1支援戦闘機からF‐2へ 33
「フラコン」が現代戦闘機の能力を決める 38
   安全を確認するため命懸けで飛ぶテストパイロット 46
   F‐2準備班から「臨時F‐2飛行隊」へ 51
   人材も機材も不足の中、F‐2飛行隊を練成 55
   Gに耐えるAGSM(筋肉緊張+呼吸法)61
   F‐2を戦力化する──最前線を守る飛行隊長の思い 65
   F‐2試験機で初のマッハ超え 70
「ゼロ」の思いを体現したF‐2戦闘機 72

 第3章 航空自衛隊とF‐2──支援戦闘機からマルチロール戦闘機へ 77

  支援戦闘機という「攻撃機」77
ASM開発の潮流に日本は乗ることができた/F‐2の主武装となったASM‐2/次世代の対
艦ミサイルASM‐3

  F‐2開発の経緯 84
FS‐X事業/F‐2開発三つの選択肢/ライセンス生産か国産か/「F‐16をベースにした日
米共同開発」で合意/試作機開発開始の遅延

  FS‐XからF‐2へ 93
新規開発にともなう難題を解決/「申し分ないエンジン」/量産初号機の納入/マルチロール戦
闘機としての地位を確立/F‐2能力向上型/F‐2からF‐3へ

  F‐2の配備と歴史 106

第3飛行隊(2000年配備)/第6飛行隊(2004年配備)/第8飛行隊(2008年配備)
/第21飛行隊(2002年配備)

 第4章 最後の最後まで飛行隊長──村上享由元1等空佐 113

  水泳が苦手で空自を受験 113
   ASM‐1ミサイルの導入で戦術が変わった 118
   恐怖の超低空夜間飛行 122
   対艦ミサイル4発搭載──F‐2の洋上侵攻阻止 123
   F‐2ならアウトレンジで戦える 127
   戦闘能力点検に合格して一人前の飛行隊へ 130
「プラマイゼロ」の精度で攻撃 133
   退官の日まで飛行隊長 137

 第5章 第6飛行隊・F‐2初代飛行隊長──松尾洋介元空将補 140

 「戦闘機に乗るべき運命だった……」140
   タックネームは「バニー」。その理由は? 144
「失速」からの回復手順 147
   単機の能力発揮を目指した 152
   AGRの胸を借りる 155
   根っからの戦闘機パイロット 159
   ネットゲーマーがパイロットに向いている 162
   次期戦闘機に期待すること 164

 第6章 いまも飛び続ける飛行隊長──浜博志元1等空佐 167

  3・11東日本大震災時の飛行隊長 167
   F‐4は元祖マルチロール機 171
   AWACSパイロットからF‐2へ 174
   複座機のメリット 178

 第7章 第3飛行隊在籍17年──出町彰慶元1等空佐 183

  航空学生出身の飛行隊長 183
   臨時F‐2飛行隊へ 186
   同時異方向によるF‐2攻撃 189
   JDAMの登場と対地攻撃 194
   最初のスクランブル任務 197
「第3飛行隊に育ててもらった」200

第2部 百里基地・第3飛行隊 203

 第8章 F‐2に求められるミッション──百里基地司令・松浦知寛空将補 204

  事故で絶たれたパイロットへの道 204
   太平洋に進出する中国艦隊を抑止する 208
   今も進化するF‐2 212

 第9章 最前戦で戦う戦闘機整備員 217

  イラク最前線勤務も経験──整備補給群整備隊武器小隊・平岡英二2等空曹 217
   初のアラート勤務でやりがいが生まれた──整備隊第1分隊・上部祐哉3等空曹 224

 第10章 F‐2戦闘機パイロット 233

  恐るべき対応力──第3飛行隊長・山本豊2等空佐 236
   親子二代のF‐2パイロット──出町隼也2等空尉 243
   アメフトの戦略がF‐2とつながる──西村汰祐1等空尉 253
   3機種を渡り歩いた戦闘機乗り──第3飛行隊飛行班長・小大助3等空佐 261

「あとがき」に代えて
F‐2からF‐3へ 272

小峯隆生(こみね・たかお)
1959年神戸市生まれ。2001年9月から週刊「プレイボーイ」の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼ブルーインパルス』『赤い翼空自アグレッサー』『我ら海中自衛隊』(並木書房)ほか多数。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、元筑波大学非常勤講師。
柿谷哲也(かきたに・てつや)
1966年横浜市生まれ。1990年から航空機使用事業で航空写真担当。1997年から各国軍を取材するフリーランスの写真記者・航空写真家。撮影飛行時間約3000時間。著書は『知られざる空母の秘密』(SBクリエイティブ)ほか多数。日本写真家協会会員。日本航空写真家協会会員。日本航空ジャーナリスト協会会員。