立ち読み   戻る


はじめに

 対戦車ミサイル、ロケット弾、機関砲などの強力な武装を搭載し、空から敵地上部隊を圧倒的な火力で撃破する攻撃ヘリコプター。今や世界の主要国軍が装備し、味方からは守護神、敵にとっては悪魔のごとき存在として戦場の空を舞う。
  2025年現在、陸上自衛隊では2機種を運用している。AH‐1S対戦車ヘリコプターとAH‐64D戦闘ヘリコプターである。AH‐1Sは退役が進んでいるが、それでもいまだ陸上自衛隊の主要なヘリコプター火力として奮闘しており、AH‐1Sの後継として導入されたAH‐64Dは、さらに高い戦闘能力をもって任務にあたっている。
  2022年(令和4)12月、政府が閣議決定した「防衛力整備計画」の中に「対戦車/戦闘ヘリコプター(AH)および観測ヘリコプター(OH)の機能を多用途/攻撃用無人機(UAV)および偵察用無人機(UAV)等に移管し、今後、用途廃止を進める。その際、既存ヘリコプターの武装化等により最低限必要な機能を保持する」といった記述があり、将来的に対戦車/戦闘ヘリコプター、観測ヘリコプターの廃止が決定した。
  AH‐64Dは当初、62機の調達・配備が予定されていたが、この計画が頓挫し13機の導入にとどまり、結果として陸上自衛隊のヘリコプター火力は実質的にAH‐1Sを主力として運用せざるを得なくなった。しかも老朽化が著しいAH‐1Sは減少し続けている。
  対戦車/戦闘ヘリコプターおよび観測ヘリコプターの代替として無人機を導入すると決定したものの、無人機の具体的な機種は2025年時点で決定しておらず、先行きは不透明だ。さらに機体が実際に配備されても、具体的な運用の要領を決め、要員の訓練を実施しなければならない。これらが確立するにはまだかなりの時間を要することが予想され、その間「既存ヘリコプターの武装化」でヘリコプター火力を維持とされているが、武装化した多用途ヘリコプターで対機甲戦闘や近接航空支援を効果的に実施できるかとなると、少々疑問を抱かざるを得ない。
  つまり陸上自衛隊の強力なヘリコプター火力に空白期間が生じてしまう可能性が高いのではないか。
  陸上自衛隊は防衛力整備計画決定後も離島奪還を想定した日米共同訓練「アイアン・フィスト」やアメリカ本土における実動訓練「ライジング・サンダー」に対戦車/戦闘ヘリコプターを参加させており、また、パイロットや整備員の養成も継続している。対戦車/戦闘ヘリコプターの重要性を認識しているのは、実は誰より陸上自衛隊なのではないか。
  筆者は元陸上自衛官であり、現役当時は機甲科職種で74式戦車などの乗員として勤務した。ともに演習場を駆け回った愛車こと74式戦車は2024年3月、長きにわたる陸上自衛隊の機甲戦力としての任務を完了し、自衛隊内外から惜しまれつつ退役した。
  実に約50年もの間、運用された74式戦車だが、運用中に時代に合わせた本格的な近代化改修が計画されたものの、実際に改修が実施されたのはわずか4両(+試作車1両)のみであり、結局、74式戦車の能力向上策は搭載機器の追加や換装といった部分的なものにとどまった。
  AH‐1Sと74式戦車の間には相通ずるものがある──。
  AH‐1Sも国内ライセンス生産1号機の初飛行、陸上自衛隊への引き渡しが1984年と、実に40年も運用されているが、大規模な近代化改修は夜間戦闘能力の付与くらいである。主力装備品でありながら本格的な能力向上改修を受けられず、刻々と変化する戦闘の様相に対応が難しくなっていくなかで、いちばん歯がゆい思いをしているのはパイロットや整備員といった現場の隊員たちだろう。
  それでもAH‐1Sに関わる隊員たちは日夜努力を惜しまず、飛行技術・戦闘技術の向上、現代戦に対応するための戦術研究、高い稼働率を維持するための入念な整備に汗を流してきた。
  戦火の中で誕生した世界初の攻撃専用ヘリコプターAH‐1「コブラ」。本書ではその開発の過程、数々の激戦に参戦した記録、そして陸上自衛隊が採用した「AH‐1S」とそれを操るパイロット、整備員たちの姿を追った。

 

 

目 次

はじめに 1

第1章 コブラを体感せよ──AH‐1S地上試運転体験記 13

第2章 世界初の攻撃専用ヘリコプター 19

武装・攻撃ヘリの系譜と戦い 19

「軍用」回転翼機の黎明/武装ヘリコプター登場のきっかけ「ヘリボーン戦術」/ベトナムの地形と戦術に高い適合性を見せたヘリコプター/ベトナム戦争の象徴、UH‐1イロコイ参戦/サブシステム──UH‐1武装化の主役

攻撃ヘリAH‐1開発史 33

武装ヘリコプターの限界、急がれる攻撃専用ヘリコプター開発/AAFSS計画の頓挫、満を持して登場したモデル209/洗練と獰猛を兼ね備えた美しき「コブラ」

第3章 泥沼の戦場へ飛び込め──AH‐1コブラの激闘 41

ヒューイコブラ、ベトナム戦争で初陣を迎える/ベトナムにおけるコブラの戦術と頼りになる相棒/陸軍のコブラ、海兵隊を動かす──海兵隊のコブラ導入/「夜を制する者」コブラ夜間戦闘能力の研究

第4章 戦車狩りから近接航空支援へ──冷戦から21世紀の戦い 54

TOWコブラ、東側大機甲部隊と対峙す/世界中の紛争・動乱に出動──戦火の空、常にコブラあり/「アージェント・フューリー」作戦/「ガリラヤの平和」作戦/イラン・イラク戦争/「アーネスト・ウィル」作戦/「ゴールデン・フェザント」作戦/「ジャストコーズ」作戦/「シャープ・エッジ」作戦/「デザートシールド」作戦/「デザートストーム」作戦/「デザートセイバー」作戦/「レストア・ホープ」作戦/「アップホールド・デモクラシー」作戦/スコット・オグレイディ大尉救出任務/「エンデューリング・フリーダム」作戦/「イラキ・フリーダム」作戦/「オデッセイ・ドーン」作戦

第5章 多彩なコブラ・シリーズ──AH‐1の各タイプ 69

アメリカ陸軍向けAH‐1 69

モデル209/YAH‐1G/AH‐1G/AH‐1G/M35/AH‐1G SMASH/AH‐1G CONFICS/TH‐1G/JAH‐1G/YAH‐1Q/AH‐1Q/YAH‐1R/YAH‐1S/AH‐1S/AH‐1S(MOD)/TH‐1S/TAH‐1S/TAH‐1F/AH‐1P/AH‐1S(PROD)/AH‐1E/AH‐1S(ECAS)/AH‐1F/AH‐1S(MC)/QAH‐1S(ホーカムX)/モデル249(コブラU)/コブラ2000/モデル309 キングコブラ単発型/ARTIデモンストレーター

アメリカ海兵隊向けAH‐1 84

AH‐1J/AH‐1Jインターナショナル/AH‐1T/AH‐1T+/AH‐1W/TAH‐1W/MH‐1W/AH‐1W(4BW)/AH‐1Z/モデル309 キングコブラ双発型

輸出国の派生型・能力向上型 93

Z‐14(スペイン)/パンハ2091・トゥーファンT/U(イラン)/AH‐1RO ドラキュラ(ルーマニア)/AH‐1F ツェファ(イスラエル)/AH‐1FB(バーレーン)/AH‐1S/F SES(ヨルダン)

軍用以外のAH‐1 97

NASA(アメリカ航空宇宙局)/アメリカ合衆国関税局/アメリカ合衆国森林局/ワシントン州天然資源局/個人所有機・民間団体・民間デモチーム/試験用改造機・試験器材

第6章 陸上自衛隊の武装・攻撃ヘリコプター 103

日本の武装・攻撃ヘリコプターの系譜 103

陸上自衛隊の武装・対戦車/戦闘ヘリコプター 105

H‐13(ベル47)/UH‐1B(HU‐1B)/AH‐1S/AH‐64D
実は4タイプある? 陸上自衛隊のAH‐1S 110

「日の丸コブラ」は国産機材を多数搭載した独自の機体/AH‐1Sの機番号(シリアルナンバー)/AH‐1S(AH‐1E)/AH‐1S(LAAT)/AH‐1S(C‐NITE)/AH‐1S(C‐NITE改修機)

第7章 AH‐1Sコブラのメカニズム 117

AH‐1Sの機体構成 117

機体前部(機首、コックピット)119

M65 TSU/コックピット(キャノピー)/ワイヤーカッター/サーチライト

機体中央(中央胴体、エンジンなど)124

ローター/メインローター・ハウジング/エンジン/トランスミッション/エンジン排気口/スタブウイング(小翼)/SCAS/降着装置(スキッド)

機体後部(テイルブーム)130

テイルブーム外観/電子装置収納部/水平安定板/VORアンテナ/尾部航法灯/テイルスキッド/テイルローター/機体塗装

コックピット内部 133

前席コックピット/後席コックピット/サイクリックコントロールスティック/コレクティブコントロールスティック

各種センサー、電子装置、射撃装置 137

望遠照準ユニット(TSU)/エアデータ・サブシステム(ADS)/対気速度・方向センサー(AADS)/レーダージャマー(レーダー妨害装置)/IRジャマー(赤外線妨害装置)/レーダー警戒受信機/ヘッド・アップ・ディスプレイ(HUD)/ヘルメット照準システム(HSS)/AN/AAS‐32空中レーザートラッカー(ALT)

武 装 146

M197 3砲身20ミリ機関砲/70ミリロケット弾/BGM‐71 TOW

AH‐1Sはどう戦うか──コブラ搭載武装の射撃要領 152

M197 3砲身20ミリ機関砲(GUN)の射撃要領/70ミリ(2・75インチ)ロケット弾(ASR)射撃要領/BGM‐71 TOW射撃要領

攻撃ヘリコプターの基本的な戦闘要領・戦術 163

行動の概要/各地点の役割

陸上自衛隊AH‐1Sの戦闘要領 167

第8章 コブラを駆る者たち 171

本州最北のコブラ・ファミリー「第2対戦車ヘリコプター隊」171

「率先垂範」を体現する──第2対戦車ヘリコプター隊隊長 片上裕文2等陸佐 173

AH‐1を徹底的に活用する──飛行隊長 江尻敬祐2等陸佐 178

AH‐1を完璧に操るコブラ・マスター──中村文昭3等陸佐 183

技量向上を追求する若きコブラ・パイロット──橋和将2等陸尉 187

我らの耳目は勝利の鍵──OH‐1パイロット 岩下智弥1等陸尉 191

AHは心で整備する──AH‐1S整備員 大沢幸大2等陸曹 195

陸上自衛隊パイロットへの道 198

陸曹航空操縦課程選抜試験の概要/幹部航空操縦課程(POC)/陸曹航空操縦課程(FEC)

AH‐1Sパイロットを養成する「AHC」206

第9章 陸自航空火力のこれから 208

陸自航空火力の大改革 208

世界各国の攻撃ヘリコプターの現況 209

アメリカ/ポーランド/イタリア/中国/フランス/ドイツ/韓国
近年の戦争・紛争における攻撃ヘリコプター運用の実情 220

陸上自衛隊の攻撃用無人機に求められる任務とは 222

武装化多用途ヘリコプターによる中継ぎ 223

攻撃用無人機は攻撃ヘリコプターの各種任務をどのように引き継ぐのか 227

対機甲戦闘/対空挺・対ヘリボーン戦闘/ヘリボーン援護/対ヘリコプター戦闘

陸上自衛隊の無人航空機運用と計画はどこまで進んでいるか 232

攻撃用無人機/多用途無人機/国産無人機も次々に登場/部隊編成と運用

第10章 「僕が見上げる空に」238

おわりに 249
主要参考文献 253

 

伊藤 学(いとう・まなぶ)
1979(昭和54)年生まれ。岩手県一関市出身、在住。岩手県立一関第一高等学校1年次修了後、退学し、陸上自衛隊生徒として陸上自衛隊少年工科学校(現、高等工科学校)に入校。卒業後は機甲科職種へ進み、戦車に関する各種教育を受け、第9戦車大隊(岩手県・岩手駐屯地)に配属、戦車乗員として勤務。2004年、第3次イラク復興支援群に参加。イラク・サマーワ宿営地で整備小隊火器車輌整備班員として勤務。2005年、富士学校機甲科部に転属、砲術助教として勤務。2008年、陸上自衛隊退職。最終階級は2等陸曹。現在、航空・軍事分野のカメラマン兼ライターとして活動中。著書に『陸曹が見たイラク派遣最前線─熱砂の中の90日』『永遠の74式戦車─日本が誇る傑作戦車』(並木書房)。