作者ノート(一部)
『グデーリアンと機甲戦』のあと、どうしても独ソ戦のハイライトであるスターリングラード攻防戦からクルスク戦、そしてドニェプル川をめぐる戦いを描きたかったのですが、約2年がかりでその戦いを包含する『マンシュタインと機動戦』をようやく完成させることができました。
戦車が本格的に運用され始めて、その基礎を作ったのがグデーリアンであるならば、その運用を極限まで高めたのがマンシュタインであり、『グデーリアンと機甲戦』と『マンシュタインと機動戦』を描くことによって代表的な現代戦の実相を理解してもらうことができると思ったからです。
最終的にはジューコフのソ連軍に完敗するのですが、結局ジューコフもドイツ軍から学び、ドイツ軍の戦車の運用を応用して勝利しています。
戦車は第1次世界大戦後期に登場しましたが、それまでは歩兵中心の戦いであり、騎兵や砲兵はそれを補完する存在でした。自動車はすでに存在しましたが、兵士や物資を戦場の後方で輸送する兵站用として使用され、まだ戦場での運用は考えられていませんでした。ところが無限軌道を備えた戦車は、戦場のような不整地でも行動を可能にしたのです。
第1次世界大戦後、火力、機動力、装甲を備えた戦車は、急速に発展し、戦場での地位を固め始めます。そのあたりのことは、前著『グデーリアンと機甲戦』に描いたとおりです。戦車だけでは戦場を支配することはできません。歩兵も必要です。歩兵を搭載した装甲車と戦車の運用が、第1次世界大戦後の大陸の戦場の勝敗を決めました。これら機械化された部隊の運用は、それまでの歩兵中心の運用とは違い、戦場の広大化、流動化、迅速化を急速に進めました。
ちなみに歩兵連隊の攻撃目標はせいぜい数キロメートルですが、戦車連隊の攻撃目標は数十キロメートルから時には百キロメートルにもなる時があります。このような戦場では指揮官は迅速な状況把握能力、緻密な分析能力、大胆な決断力と優れた実行力が求められます。マンシュタインはこれらすべてに抜きんでた能力を有していました。
しかし、ドイツとソ連では国力に大きな差がありました。独ソ戦当初は負けが続いていたソ連も、国力の底力とジューコフをはじめとする各級ソ連軍指揮官が戦車の運用を学び始めたことにより、ドイツ軍を圧倒します。最終的には戦車による二重包囲や両翼包囲という戦法を戦略的にも戦術的にも完成させることにより、世界最強の陸軍を作ることができました。これは冷戦期まで続き、西側諸国に大いなる脅威となります。
目 次
監修者のことば〉
二一世紀のマンシュタイン像(大木 毅)3
第1話 スターリングラード攻防戦 9
第2話 冬の嵐作戦 29
第3話 スターリングラード陥落 53
第4話 ハリコフ攻防戦(ソ連軍の攻勢)75
第5話 ハリコフ攻防戦(ドイツ軍の反撃)95
第6話 ツィタデレ作戦 115
第7話 クルスク戦 135
第8話 南方軍集団の激闘 165
第9話 ドニェプル川をめぐる戦い 185
第10話 マンシュタイン解任 205
作者ノート 217
主な引用・参考文献 222
大木毅(おおき・たけし)
現代史家。1961年東京生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。千葉大学その他の非常勤講師、防衛省防衛研究所講師、国立昭和館運営専門委員等を経て、著述業。『独ソ戦』(岩波新書)で新書大賞2020大賞を受賞。主な著書に『「砂漠の狐」ロンメル』『戦車将軍グデーリアン』『「太平洋の巨鷲」山本五十六』『日独伊三国同盟』(以上、角川新書)、『ドイツ軍事史』『戦史の余白』(以上、作品社)、『勝敗の構造』(祥伝社)、訳書に『戦車に注目せよ』『「砂漠の狐」回想録』『マンシュタイン元帥自伝』『ドイツ国防軍冬季戦必携教本』以上、作品者)、『天才作戦家マンシュタイン「ドイツ国防軍最高の頭脳」──その限界』(角川新書)など多数。
石原ヒロアキ(本名:米倉宏晃)
1958年、宮城県石巻市生まれ。青山学院大学卒業後、1982年陸上自衛隊入隊。化学科職種幹部として勤務。第7化学防護隊長、第101化学防護隊長を歴任。地下鉄サリン事件(1995年)、福島第1原発事故(2011年)で災害派遣活動に従事。2014年退官(1等陸佐)。学生時代赤塚賞準入選の経験を活かし、戦争シミュレーション漫画『ブラックプリンセス魔鬼』および自衛官の日常を描いた『日の丸父さん』(電子書籍で発売中)、『日米中激突!南沙戦争』『漫画クラウゼヴィッツと戦争論』『漫画マハンと海軍戦略』『漫画グデーリアンと機甲戦』(以上、並木書房)を発表。
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