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 青の翼 ブルーインパルス
  ──東京2020・大空に五輪を描く

はじめに

 2020年5月29日、6機のブルーインパルスが、新型コロナウイルス対応に従事する医療従事者らに敬意と感謝を示すため、医療機関がある地域を含む東京都内の上空を飛行した。
  待ち望んだ「東京2020オリンピック競技大会」は1年延期となり、日本人の心は新型コロナとの戦いに疲弊し、閉塞感に覆われていた。
  そんななか、筆者は白いスモークを曳きながら飛行する6機のブルーインパルスを目にして、先の見えない不安が消えて気分は一気に明るくなった。この気持ちの変化はなんなのだろう?
  同日夕刻のテレビニュースの映像には、病院の屋上でスマホを片手に航過するブルーへ歓声を送る医療従事者たちの様子が映し出されていた。それを見た瞬間、筆者の心の中の大空にスモークで答えが現れた。
  ──日本の空は航空自衛隊が守り、日本人の心はブルーが守る。
  これが本書執筆のきっかけだった。
  1964年東京オリンピック開会式の上空で、五輪のシンボルマークを描いた航空自衛隊の第1航空団特別飛行研究班(当時)「ブルーインパルス」は6人のパイロット(予備機1機を含む)だった。
  しかし、2020年3月20日に松島基地で開催されたオリンピックの聖火到着式では違っていた。
  この時、ブルーは5色のカラースモークで五輪を描いたが、点火台が設けられた地上は10メートルを超す強風で、上空の五輪もあっという間に吹き消された。すると、どこからともなく上空に別の6機のブルーが現われ、霧散していく五輪が息を吹き返したかのように5色のカラースモークを曳きながら飛行したのだ。ブルーインパルスは6機のはずだが……、筆者には一つの疑問が生まれた。まずはそこから解き明かすことにした。
  オンラインによる取材の画面には、かねてから知己の航空幕僚監部広報室勤務の園田健二3佐の懐かしい顔があった。じつは、園田3佐は第301飛行隊でF‐4ファントムのパイロットとして勤務当時に取材しており、それ以前の2014年3月から17年8月まで、第4航空団第11飛行隊「ブルーインパルス」の5番機パイロットを務めていた。
  ブルーの展示飛行では飛行終了後、地上に降り立ったパイロットたちのサインを求めてファンが長い列を作る。この時、5番機・園田3佐の前には常にいちばん長い列(?)ができたという伝説の持ち主だ。
  筆者は最初の疑問、ブルーが12機になった理由を尋ねた。
「東京2020オリンピックで、青、黄、黒、緑、赤5色の輪をカラースモークで描くためには12機が必要だったんです。もし、1機でもスモークが出ないなどの不具合が生じたら、5色のシンボルマークは描けません。そこで予備としてB編隊(6機)を用意したんです。状況によってはA編隊とB編隊を入れ替えることも考えました」
  そういう理由があったのか、筆者は納得した。しかし、これまでブルーは6人のパイロットが切磋琢磨して、それぞれ番機を引き継いでいくのが伝統だったはずだが……。
「A編隊とB編隊の1番機は2人搭乗します。そこで全部で6機、計14人のパイロットが必要でした。残る番機ごと2人のパイロットを確保するため、3月20日の聖火到着式の2か月前に3番機と6番機の経験があるパイロットを各飛行隊から呼び戻して人数を揃えたんです」
  通常、戦闘機パイロットは保有する資格に応じて次のように分けられている。
  TR(トレーニングレディネス):当該部隊へ配属後の訓練中。訓練以外の飛行は原則禁止。
  OR(オペレーションレディネス):訓練を終えて、作戦任務での飛行が認められる資格。
  また、ORも次の二つに区分されている。
  AR(アラートレディネス):戦闘機パイロットとして緊急発進などによる領空侵犯対処任務が認められる資格。
  CR(コンバットレディネス):戦闘機パイロットとして有事には敵戦闘機との戦闘ができるだけの技量が認められている資格。
  これらのうち、ブルーインパルスの第11飛行隊のパイロットにはARとCRは必要ない。
「はい。ブルーはコンバットしませんから。でも、もともと皆、戦闘機パイロットですから、すべての資格を持っています」
  園田3佐は笑顔で答えた。その表情は、かつてファントムライダーとして防空の最前線で任務に就いていた精悍な顔つきとは違って見えた。
「この2個編隊、パイロット12人態勢が、3月20日の聖火到着式で功を奏しました。五輪のシンボルマークが強風で消えてしまった直後、予備のB編隊がスモークを曳きながら、1番機を先頭にほかの機が横一列になる『リーダーズ・ベネフィット』という編隊隊形でフライパス(航過)を実施して事なきを得たんです」
  演劇や芸能の舞台では主役が台詞を忘れてしまったり、シナリオどおり進行できなくなったりすると、咄嗟に脇役がアドリブで演技して、その場を持たせることがある。
「場を持たせる……、ぴったりの表現ですね。強風でシンボルマークが消えて、観客の皆さんが落胆しているところに、B編隊が現われて5色のスモークを吹きながらローパス。まさに『場を持たせた』わけです」
  2021年夏の東京オリンピック・パラリンピック開会式を控え、ブルーは2個編隊態勢となり、14人(1番機にはパイロットおよびナビゲーターが搭乗)の頼れる男たちがその日を待っていた。
  本書は、両大会での展示飛行を無事に成し遂げたブルーのメンバーから直接話を聞き、その舞台裏を明らかにするものである。しかし、新型コロナは依然、収束せず、ブルーインパルスのホームベース、松島基地での取材はなかなか実現しなかった。
  そこで2021年秋からオンラインによって関係者へのインタビューを開始した。

目 次

はじめに 10

第1章 ブルーインパルスの基礎知識 19

1番機から6番機まではどう選ばれるか?/メンバー全員が「センター」/4番機の魅力/急遽決まった「医療従事者等への感謝の飛行」/T‐4ブルーの最大の特徴/徒弟制度で学ぶ飛行の極意/戦闘機部隊とブルーの違い/飛行班長の役割/ブルーは地上を走る車ではない/「サッカーボールを描きたい」

第2章 青の軌跡 53

「ハチロク・ブルー」二つの衝撃≠フ思い出/世界に誇れる日本のブルーインパルス/驚きのアイデアを実現させたT‐2ブルー/T‐4練習機を使った教育システム/ブルー特別仕様のT‐4/T‐4ブルー、早くも30年、まだ30年

第3章「シン」さんのブルーインパルス 75

ブルー飛行班長の重責/自由な発言が危険を回避する/4番機の猛抗議/展示課目「サクラ」の誕生秘話/忘れられない展示飛行/緊張するウォークダウン/ブルーが空を飛ぶ理由/ブルー好きが集う最大級のファンサイト/ブルーインパルス三つの役割

第4章9年ジンクス≠打ち破れ 109

魔の7月4日/事故から学んだ教訓/自分が攻められる限界はどこか?/ブルーに求められる三つの原則/難を逃れたT‐4ブルー/ブルーの帰還を待ちわびた地元住民/飛行技術断絶の危機/天皇陛下とブルーインパルス

第5章 試練を乗り越えて 133

パイロットは飛行隊長を目指す/牡鹿半島墜落事故/創設50周年記念から3・11へ/被災者支援に全力を尽くす/ブルーの機体が残ったのは奇跡/松島基地への帰還/50周年の明暗を味わって

第6章オールラウンドプレーヤー155

未知の世界を体験したかった/10秒を正確に数える/後輩パイロットの育成術/ブルーのメンバーは全員一致で選ばれる/T‐4後継機の選定

第7章五輪飛行≠Q021年夏 171

松島基地「ブルーベース」/東京オリンピック開会式/飛行計画の立案/事前の準備と訓練/ブルーの技量は落とせない/どのコースを飛べばよいか/A編隊離陸/「オリンピック・シンボル・レッツゴー」/ナビゲーターの役割/秒単位の編隊誘導/空自広報活動の最前線/3番機ならではの苦労/本番まで残った不安/「成功させたいという一心でした」/ブルーを志望した理由/鼻歌で緊張をやわらげる

第8章 整備小隊の東京五輪 246

「任せるね」と言ってもらえる整備士になりたい/愛機はナナキューマル=^愛機に対する熱い思い/直前にちょっとしたトラブル

第9章 B編隊の五輪飛行261

ポスト五輪のメンバー/大勢の人に見られているという緊張感/クールな次期4番機パイロット/空の「ギャング」2番機パイロット/地元の空を飛んで多くの人に見てもらいたい/認識を新たにしたF‐2戦闘機/デジタル戦闘機からアナログ機へ/五輪を描くコツ/スリー・アギトス#行/時代が変わっても同じ能力を保持する/4番機・永岡1尉の悩み/ブルーの新たな師弟関係/新メンバーたちの思い/目指すアクロ飛行とは?

おわりに 310

 

小峯隆生(こみね・たかお)
1959年神戸市生まれ。2001年9月から週刊「プレイボーイ」の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』(並木書房)ほか多数。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。
柿谷哲也(かきたに・てつや)
1966年横浜市生まれ。1990年から航空機使用事業で航空写真担当。1997年から各国軍を取材するフリーランスの写真記者・航空写真家。撮影飛行時間約3000時間。著書は『知られざる空母の秘密』(SBクリエイティブ)ほか多数。日本航空写真家協会会員。日本航空ジャーナリスト協会会員。
今村義幸(いまむら・よしゆき)
1964年東京都生まれ。2003年小松基地航空祭でブルーインパルスと出会う。2006年に応援サイト「ブルーインパルスファンネット」を開設、2013年より活動主体をSNSに移行し、主にFacebook(フォロワー数約43000人)で応援活動と情報発信を続ける。元第11飛行隊飛行班長吉田信也氏による非定期投稿【説明しよう!】が人気。2009年幻冬舎より小説『スカイクリア』を発表。航空自衛隊幹部学校後援会理事。防衛日報デジタル・コラボ記事ライター。