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まえがき

 二〇〇三年、テロとの戦いで敵が即製爆弾を使用する例が急激に増え、より危険な複合攻撃が発生するようになると、われわれはこの脅威に対抗するため、即製爆弾対策任務部隊を創設し、即応装備部隊の活動の対象を対即製爆弾作戦、対迫撃砲作戦、対狙撃手作戦の支援に変更した。

  この新組織のために、われわれは経験豊富な元特殊部隊の下士官を募集したり雇ったりして、彼らに現役兵士とチームを組ませ、即製爆弾対策任務部隊の中核を形成した。

  それから、第七十五レインジャー連隊の元連隊長ジョー・ヴォーテル大佐がこの活動の指揮を取るべく選ばれた。

  任務部隊の使命は簡単だった。イラクおよびアフガニスタンに展開する将兵の要求を評価し、彼らが直面する即製爆弾ならびに間接射撃や狙撃手の脅威について、もっと多くを知ることである。

  さらに、これから起きるであろう非対称の脅威についても先を見越して、情報を俎上にのせ、その対策や戦術、戦技、手順を開発し、すばやく実施できるようにすることも求められた。

  即製爆弾対策任務部隊の隊員たちは、まずワシントンのウォルター・リード陸軍医療センターで負傷兵に話を聞くことからはじめた。戦闘から戻ったばかりの戦士たちから彼らが装備や訓練についてなにを必要だと思っているかについて生の考えを聞いたのである。

  同時に、われわれは任務部隊の隊員をイラクとアフガニスタンに派遣し、前線の部隊に同行させて、実戦部隊の将兵から直接学んだ教訓を集めた。

  こうした情報はすべて吸収され、陸軍戦訓センターを経由して、派遣準備中の部隊に伝達された。

  即製爆弾対策任務部隊の活動が進化するにつれ、作戦環境の複雑さや、それにたいするわれわれの理解も深まっていった。これに対応して、われわれは非対称戦群という組織を作り、即製爆弾対応任務部隊の隊員たちもその一部にした。

  非対称戦群は当初、ロバート・ショウ大佐とグレッグ・バーチ部隊最先任上級曹長にひきいられ、即製爆弾の脅威に重点を置いていたが、現状の一連の問題の先を見越して、前線におけるつぎの非対称的脅威を予想し、各旅団や大隊以下の各級部隊になにに目を光らせばいいのかを助言するための効果的な方法や訓練をあみだすことももとめられていた。

  任務部隊は最先端に目を向けていたが、それにおとらず重要だったのは、爆発のあとに残されたネットワークを徹底的に調べて、その先回りをしたことだった――爆弾を仕掛け、製造し、爆弾の資金を提供した人間たちを。

  二〇〇四年前半のあるとき、われわれは戦場に狙撃手が現われるのを目にしはじめた。前線の指揮官たちからは狙撃手の活動にかんする報告がよせられ、しくじってわれわれに捕らえられた敵の狙撃手たちからは持っている武器の種類や入手先の情報がもたらされはじめた。

  われわれは、その狙撃手が幸運にめぐまれただけの素人か、それとも高性能のライフルと高性能のスコープを持った男なのか、一弾を放ったときプロの判断で射撃位置についたのかどうか、誰に訓練を受けたのか、どこから資金を得ているのかといったことも知りたかった。

  ごく少数の即製爆弾がヒズボラから提供されていることや、狙撃手の訓練の多くがイラン軍によっておこなわれていることはわかった。

  しかし、狙撃手対策をはじめるには、狙撃手チームがどのように活動し、どういう構成で、どういう戦術を使っているかを理解する必要がある。

  それについてたずねるのにいちばんいい相手はわが軍のプロの狙撃手であり、即製爆弾対策任務部隊と非対称戦群には元陸軍特殊部隊の狙撃手が数名いた。

  彼らの技量と知識、そして現場からきている作戦上の要望書、その一部は任務部隊の隊員自身が提出したものだったが、それらを総合して、われわれは対狙撃手作戦に必要な技術的支援をいくらかと、基本的な装備配分への追加割り当てを手に入れることができた。

  ほとんどすぐに各部隊はM16やM4よりもっと高性能のライフルを要求しはじめた。第百一空挺師団(空挺襲撃)のある旅団はM14ライフルの返却を求めた。M14は一九六〇年中ごろまでアメリカ軍の制式ライフルで、射程がより長く、スコープをつけると精度が高い。

  そこでわれわれはM14を倉庫からひっぱりだし、部隊に支給すると、何名かの元狙撃手をケンタッキー州フォート・キャンベルに派遣して、旅団長いうところの「中隊の射撃の名手」が危険な道路を掩護し、可能な場合には対狙撃手作戦を実施するよう訓練した。

  これらの部隊を技術面で支援するため、即応装備部隊は出動して、発砲の方角に兵士たちの注意を喚起するための音響式など数種のセンサー技術に目を光らせる。この技術は狙撃手がいると思われる場所の方位と距離をすぐに計算するのに役立つ。

  狙撃手は都市の地形ではかなりやっかいな問題である。都市の界隈ではあらゆる種類の騒音や雑音が発生しているからだ。しかし、われわれは銃声が発生した地点を特定できるブーメランと呼ばれる装置の資金を即応装備部隊に配分することができた。そして、こうした装置が発達をつづけるにつれて、狙撃手対策に役立つ車載センサー装置や携帯センサーが配備されるようになった。

  二〇〇四年から二〇〇六年のあいだに起きたいちばん大きな出来事は、任務部隊と非対称戦群が兵士たちといっしょに前線に出て、まさにその作戦地域で彼らを現地訓練したことである。同様の訓練はこれから派遣される本国の兵士たちにもほどこされていた。兵士たちは全員、手に入る最善の対抗手段の使いかたと、狙撃手に無防備にならない方法を教わった。

  前線に派遣された元狙撃手と現役狙撃手はこの問題のエキスパートで、小部隊の指揮官に自隊の狙撃手の展開法を教えたり、狙撃手のように考える方法を訓練して、部下の兵士たちが敵のスコープの十字線にとらえられるのをふせぐのに役立てられるようにしたりした。

  将校や下士官にどんなことを教えたかをいちいち説明している余裕はないが、われわれは彼らに、周囲のなにに気づくべきかとか、戦場で狙撃手がいそうな場所を見分ける方法とか、見えない脅威に対抗するにはなにができるかといった、いくつかの簡単な対狙撃手戦術を訓練した。

  わが軍の将兵にもっと大きな優位をあたえるために、われわれは従来のものにかわる狙撃兵器や、狙撃用スコープ、暗視システムに目を向け、作戦前にいかなる脅威にも対抗できる偵察チームとして先遣できる特別の選抜射手の訓練をはじめた。選抜射手はもっと大きな部隊に先立って到着することで、危険そうな地域を選んで、そこにいるかもしれない敵の狙撃手を探すことができる。特殊作戦部隊がすでにやっていたのとほぼ同じ要領である。

  イラクにもアフガニスタンにも同じような地域は一箇所もなく、指揮官はみな担当する地形でそれぞれの経験をした。したがって、彼らの偵察任務や、入手した新しい情報はすべて、非対称戦群と陸軍戦訓センターに上げられた。

  情報と最良の事例はすみやかに下達され、こうしたべつの地域に展開する準備をしている部隊に送られた。

  しかし、われわれが開発した戦術や戦技、手順、物質的解決策の多くは、任務部隊や即応装備部隊、非対称戦群の努力だけのたまものではない。

  こうした柔軟な組織は、現場の兵士の声に対応したのである。わが軍の兵士と若い指揮官たちが日々直面する脅威は知識の宝庫となって、われわれが陸軍という組織をどのようにこの不正規戦の敵を攻撃するのに適したテクノロジーと訓練に新たに向けさせるかを考えたとき、われわれの戦略の発展にぞんぶんに生かされることになった。

  即製爆弾や迫撃砲や狙撃手に対抗する計画は大成功をおさめ、わが軍の兵士を支援する新しいテクノロジーや方法が導入された。

  戦場の兵士や帰還した兵士は、自分たちが求めているものや、どのシステムが成果をあげ、どのシステムが役に立たないか、どういう新しい戦術が訓練基地や任務予行演習で必要とされているかを陸軍に語った。危険な場所にいる兵士たちは、「敵がやっているのはこういうことだ」とわれわれに語り、われわれは彼らの言葉に耳をかたむけて学んだ。

  この現在の敵はたしかに柔軟だが、アメリカの兵士たちの創造性と柔軟性の敵ではないのである。

第三十一代陸軍参謀次長 リチャード・A・コーディ退役大将


目 次

まえがき 12
序 母の贈物 17
1 開戦-ヒンドゥークシュ山脈の教訓 32
2 嘲笑う狙撃手 51
3「もっとも危険な戦い」59
4 他人の家 76
5 狙撃手たちの声 87
6 レインジャー部隊-狙撃手兼奇襲隊員 110
7 教師としての特殊作戦要員-三十七番射場で学ぶ教訓 125
8 誰にでも見える場所に隠れる 139
9 隠れ場所-三つの物語 153
10 サルマン・パクで隠密行動 195
11 スコープの反射 210
12 奇怪な命中弾 222
13 発射されなかった銃弾 233
14 狙撃手たちの絆 259
覚え書きと謝辞 286
訳者あとがき 291

訳者あとがき

 本書は、アメリカ屈指の従軍記者ジーナ・キャヴァラーロと軍歴二十二年の元狙撃手マット・ラーセンが、イラクとアフガンの対テロ戦におけるアメリカ陸軍と海兵隊のスナイパーの体験や訓練を多数の当事者に取材し、生の声でつたえたノンフィクション SNIPER American Single-Shot Warriors in Iraq and Afghanistan(Lyons Press 2010)の翻訳である。
  スナイパーという言葉で連想するのはたいてい、たとえばビルの屋上から遠く離れたターゲットを狙撃して忽然と姿を消す孤高の名射手、あるいは、数メートル先からでもわからないほど完璧に草木に溶け込んでターゲットが現れるのを待つカムフラージュの達人といったイメージだろう。
  しかし、本書を一読すれば、こと軍隊のスナイパーにかんしては、そうしたイメージが変わりつつあることがわかるはずだ。
  現代のスナイパーは、めったにギリー・スーツと呼ばれる擬装用の服を着て茂みに隠れたり、観測手とペアで行動したりしない。おもな任務は、ボルトアクションとオートマチックの狙撃銃を持ち、歩兵部隊といっしょに行動することだ。スナイパーは歩兵部隊の目であり、歩兵の通常の火器では対処できない脅威を遠距離から取り除く腕でもある。高性能の武器を自在にあやつり、敵の目に見えないところから圧倒的な火力で襲いかかる彼らは、まさに現代戦における「プレデター」といっていい。
  従来の狙撃手のドクトリンは、通常戦における高価値の目標(敵軍の高官や基幹通信施設)の除去であるとか、隠密潜入任務であるとか、おもに野戦での狙撃チームの単独行動を想定して構築されてきた。しかし、9・11同時多発テロ以降、アメリカ軍のスナイパーたちは、アフガニスタンとイラクでそれまで想定していなかった要求に直面することになった。そして、状況に応じて、自分たちで新たな戦法を編みだしていったのである。
  本書で紹介されるスナイパーたちの体験はほぼ年代順になっているので、本書を読めば9・11以降、アメリカ軍スナイパーの任務や装備、活動形態がどう変化していったかがよくわかる。また、アフガニスタンとイラクでの任務のちがいも描写されている。
  アフガンの場合には、地形の関係で遠距離からの監視任務が多い。また移動手段も、遠く離れた場所にヘリで降りて、あとは山地を歩くのが普通である。
  一方、イラクでは市街地での対テロ警戒がおもな任務だったため、スナイパーたちは歩兵パトロールに同行し、対スナイパー作戦を展開したり、高性能の暗視スコープを活かして周囲の警戒にあたったりした。
  本書では、陸軍の通常部隊、レインジャー、特殊部隊、そして海兵隊のスナイパーに(一部は匿名を条件に)直接話を聞き、彼らの体験を生の声でつたえている。彼らの体験談はかならずしも心地よいものばかりではないが、スナイパーはあまり体験を話したがらない人たちなので、いずれもが貴重な証言といえる。
  なかでも興味深い証言は、二〇〇二年七月にアフガンで起きたアメリカ軍における結婚式爆撃事件の目撃談である。マスコミでもアメリカ軍の暴虐の一例として大きく取り上げられた有名な事件だ。その一部始終を特殊部隊のスナイパーたちが目撃していたという。彼らの証言については本書を読んでいただきたいが、じつに興味深い内容であることはまちがいない。
  そのほか本書では、九死に一生を得たスナイパーの話や、ごみ置き場に数日間隠れた狙撃班の体験談、あきらかにイラク人ではない敵スナイパーとの対決といった、迫真のエピソードの数々が紹介されている。
  また、陸軍の新型迷彩服ACUが「暗闇で光る」という理由でスナイパーたちから嫌われていた等のエピソードや、さまざまな市販パーツを使って支給品のM16をカスタム化する方法、近距離で多数の標的が迫ってくる市街戦でスコープの調節つまみを使わずに狙撃するテクニックなど、ミリタリー・ファンには興味をそそられる記述がいたるところにちりばめられている。
  スナイパーに興味がある読者だけでなく、現代の歩兵戦闘の最前線に関心がある方にもぜひ一読をお勧めしたい一冊である。

 最後になったが、著者について簡単にご紹介したい。
  ジーナ・キャヴァラーロはアメリカ有数の経験豊富な従軍記者で、《アーミー・タイムズ》紙や《マリン・コー・タイムズ》紙の記者として、アフガニスタンやイラクでアメリカ軍に同行取材を行なったほか、世界各地のアメリカ軍基地の活動を取材して、兵士たちの生の声を報道している。序文にもあるように、同行取材中に警護役の兵士が敵狙撃兵に撃たれて死亡したことが、本書の執筆のきっかけとなった。
  共著者のマット・ラーセンはアメリカ海兵隊と陸軍レインジャー部隊で二十二年間勤務した元狙撃手で、徒手格闘の専門家、サバイバル教官。退役後は各国の特殊部隊に徒手格闘を教えるほか、アメリカ陸軍徒手格闘学校の校長も務めた。また『アメリカ陸軍サバイバル・ハンドブック』の増補改訂も手掛けている。

 二〇一二年一二月
                                            村上和久

ジーナ・キャヴァラーロ(Gina Cavallaro)
アメリカ有数の経験豊富な従軍記者。《アーミー・タイムズ》紙や《マリン・コー・タイムズ》紙の記者として、アフガニスタンやイラクでアメリカ軍に同行取材を行ない、兵士たちの生の声を報道している。

マット・ラーセン(Matt Larsen)
アメリカ海兵隊と陸軍レインジャー部隊で22年間勤務した元狙撃手で、徒手格闘の専門家、サバイバル教官。退役後はアメリカ陸軍徒手格闘学校の校長も務め、『アメリカ陸軍サバイバル・ハンドブック』の増補改訂も手掛ける。

村上和久(むらかみ・かずひさ)
英米翻訳家。主な訳書に『砂漠の狐を狩れ』『カストロ謀殺指令』『乱気流』『ピラミッド ロゼッタの鍵』『天使の護衛』ほか。また『第2次大戦 ドイツ軍装ガイド』『ドイツ武装親衛隊軍装ガイド』(共訳)、『特殊部隊ジェドバラ』『ドイツ軍装備大図鑑』『日本軍装備大図鑑』など、軍事、政治からサスペンス、ミステリーまで幅広く翻訳。