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プロローグ 何のための戦いか

 二〇〇七年六月七日。俺はいつものように午前六時半に起き、滑走路の掃除に参加した。

  ここはイラクの首都バグダッド市内の南西部にあるアメリカ軍総合基地ビクトリー・ベース・コンプレックス(VBC)。その真ん中にバグダッド国際空港とセーザー空軍基地がある。俺はその二つの空港施設を担当する対テロリスト将校(ATO)として勤務していた。

  何も変化のない一日がまたはじまった。
  アメリカ軍の俗語で、戦争への派兵を怎Oラウンドホッグ・デイ(Groundhog Day)揩ニいう。戦闘が起こらないときは毎日がモグラの世界と同じ――何もないから。

  俺は所属大隊周辺の敵の情報評価とその対策を検討する会議(FPWG:フォース・プロテクション・ワーキング・グループ)の準備をしなければならなかった。デスクワークである。俺はトレーラー・オフィスと呼ばれる自分の仕事場でパソコンに向かい、会議で上司たちに報告する書類を作りはじめた。ベニヤ板で窓を目張りしたトレーラー・オフィス内はクーラーが効き、摂氏二五度くらいに保たれているが、外気温は軽く五〇度を越えているはずだ。

  午後六時ごろ、仕事を終え外に出た。
  暑い。とても耐えられない。
  後頭部が燃えているような気がした。

  俺はいつものように体操着に着替えると、滑走路脇の道路を五キロほど走ることにした。この時間なら気温は四〇度近くに下がっているので、走れなくはない。

  三キロほど走り、イラク空軍ニュー・アルムサナ基地の入り口近くまで来たとき、俺は滑走路のはるか向こうから黒色の煙が一直線に、俺を追いかけるように飛んでくるのに気づいた。

「敵のロケット弾だ!」

  アラームやサイレン音は聞こえない。またもC‐RAMS(20ミリ・バルカン対空機関砲を備えた防衛システム)は反撃していない。C‐RAMSはレーダーで敵弾を追い、防空指揮官(バトル・キャプテン)の米国海軍少佐の許可で迎撃する。ロケット弾はスピードが速く、低高度を飛んでくるのでレーダーに引っかかりにくい。そして敵はロケット弾を滑走路の反対側から撃ってくる。大隊長は機関砲弾が友軍機に当たるのを恐れて、迎撃要請を防空指揮官に出さないのだ。

  すぐ目の前のコンクリート製簡易陣地(バンカー)にいる伍長が俺に大声で叫ぶ。

「少佐、早くバンカーに!」
「わかった(ラジャー・ザッツ)!」

  俺はそう叫ぶと必死に走った。ドーンとものすごい音がして、地震のようにバンカーが大きく揺れるのを感じた。俺はバンカーに飛び込み、後ろを振り返ると、黒い煙が車両中隊のいる方向から激しく上がっていた。

「少佐、危なかったですね」伍長は言った。
「ありがとう」

  俺はうなずくと、バンカー内の電話で自分のトレーラー・オフィスにいる部下のチャック・ベル曹長を呼んだ。

「チャック、大丈夫か?」
「大丈夫です。少佐は?」
  ベル曹長は興奮した口調で続けた。

「車両中隊で何人か死傷者が出たようです。それと被害報告センター(SRC)が大隊本部にできたそうです」
「わかった。チャックはSRCに行ってくれ。俺は車両中隊へ行って状況を確かめる」
「了解(ラジャー・ザッツ・サー)!」

  俺は自分のオフィスに走り、体操着の上から防弾チョッキとヘルメットを着け、車両中隊へ向かってがむしゃらに走った。
  車両中隊の駐車場は黒い煙に覆われていた。男女の悲鳴があちこちで聞こえ、ジェット燃料が焦げたような臭いがあたり一面に漂っていた。二人の兵士が、まるで映画のゾンビのようによろよろと歩いていた。よく見ると、一人は顔の下半分が血だらけになっていた。もう一人は右肩から大量に出血している。一瞬、すべてがスローモーションのように見えた。

  ついに敵のロケット弾で死傷者が出た。

  何てこった!

  何てことになったんだ!

  俺は何度も何度もつぶやき、立ちすくんでいた。二人に近づこうとしたが、すでに衛生兵が治療をはじめているのに気づいた。
  そのとき、衛生兵たちの治療活動を援護していた車両支援中隊長のキャノン少佐が俺を指差して叫んだ。

「ウチ、お前のせいでこうなったんだぞ!」

  ヤツは俺に突進して来て胸倉をつかもうとした。俺はヤツの手を突き放し、押し返した。
  それでもヤツは俺の胸倉をつかもうとしてつかめず、今度は右手で俺を殴ろうとした。俺はそれを避け、ヤツを突き倒した。ヤツは地面に四つんばいになった。
  俺はキャノンを睨みつけて怒鳴った。

「バカ野郎! こんなところで喧嘩している場合かよ! 俺たちここで戦争しているんだぞ!」
  俺は続けた。
「俺はイラク多国籍軍(MNC‐I)の指示に従ったまでだ。お前も知っているだろうが!」

  キャノン少佐は俺の目を避けるように自分の部下たちのもとへ戻って行った。
  俺はヤツの後ろ姿をじっと見つめていた。
  ヤツの言うことはもっともだった。部下が死傷したのに動揺しない司令官がどこにいる? それに実際のところ、キャノン少佐の言う通りなのである。すべて俺のせいなんだ。

  俺は空軍基地を要塞化する責任者だった。俺が派兵された二〇〇七年、バグダッドではコンクリートとアスファルトが非常に不足していた。俺はMNC‐Iの指示に従い、基地内の必要順にリストを作った。優先順位を低く評価した車両支援中隊と製油補給所にはTウォール(コンクリートの壁)を一つもまわすことができなかった。これは俺の判断で決めたもので、まぎれもなく俺の責任だ。

  俺のせいで兵が死傷した!

  俺は耐えがたい罪悪感に打ちのめされていた。MNC‐Iの指導がどうとか、車両支援中隊の施設は作戦上、あまり重要ではなかったとかの言い訳はしたくなかった。
  少なくとも俺は、アメリカ空軍の少佐だ。リーダーたるべき将校が弁解など言ってはいけない。俺はそう思った。

  その一方で、自分を哀れんでいた。
  俺は何でこんなところにいるんだろう?
  俺はここで何をしているんだろう?
  何でこんなことになったんだろう?
  急に昔のことを思い出した。

  ――やはり、広島で中学のときに受けたイジメのせいかな?
  ――それとも、ミズーリ州の大学時代に南部の白人連中から受けた差別のせいで、俺の人生は間違った方向に進んでしまったのかな?

  そのときどきの辛い体験が、俺の人生を大きく変えてしまったように思えてならなかった。




目 次

プロローグ 何のための戦いか 5
1 東京から来たよそ者 12
2 「これは南部の因縁だ!」 20
3 化学者への夢 31
4 地獄の新兵訓練 50
5 アメリカ陸軍少尉 75
6 SRT出動せよ! 96
7 シカゴへ 113
8 「みんなミスターUが好きだよ」 123
9 アメリカ空軍入隊 143
10 イラクの戦場へ 164
11 明日が見えない戦い 190
12 戦地からの生還 213
エピローグ 再び、イラクへ 231
おわりに 244

1963年東京生まれ。広島の中学、高校を卒業し、秋田大学2年生の時に交換留学奨学生として米メーン州南メーン大学に留学。88年にミズーリ州立大学で化学の学士号を修得し卒業。89年イリノイ大学大学院に入学、90年中退。日本の化学会社に入社し、スペインへ派遣社員として勤務、同年退社。91年米陸軍に入隊。94年陸軍士官学校卒業後、少尉。フォート・スチュアート勤務。95年中尉昇進。米国人女性と結婚。99年除隊し、イリノイ州兵(予備役)。ガバナー州立大学大学院化学科修士課程に入学。化学会社に入社。イリノイ州兵から大尉昇進。ジュリエット市の小学校教師として就職。2002年米空軍に入隊。ノースダコタ州マイノット空軍基地に勤務。03年分析化学で修士号を修得。グアム島などいくつかの基地を経て、06年米空軍横田基地の第5空軍憲兵(SF)司令部に転勤。07年少佐昇進。1回目のイラク派兵。08年アメリカ中央軍(US Central Command)へ一時的に移り、2回目のイラク派兵。09年横田基地に帰還、現在に至る。