立ち読み   戻る  
















目 次

はじめに  2
第1章 人民解放軍の敵は日米同盟  7
第2章 外洋艦隊を目指して  53
第3章 切れない北朝鮮との関係  72
第4章 時代遅れの兵器技術  85
第5章 自力では軍艦が造れない  127
シミュレーション1 人民解放軍、台湾侵攻!  174
シミュレーション2 尖閣海戦、日中激突!  204
あとがき  245


あとがき

 西暦二〇〇〇年以降、中華人民共和国は建国以来の経済発展を遂げています。
 それを証明するかのように、外貨準備高と貿易黒字は過去最高の数字を記録したうえに、危惧された経済成長も二ケタを維持しています。
 この成長経済は多少鈍化することはあっても、二〇〇八年の北京五輪大会、その後の二〇一〇年上海万博以降も続くと、多くの経済アナリストは分析しています。
 しかしながら軍事アナリストの立場から見ると予測は大きく異なります。今の共産党独裁の中国にはあまりにも不安材料が多すぎて、楽観的な要素は皆無と言わざるを得ません。
 中国は今が絶頂であり、あとは奈落の底が待っていると言っても過言ではないのです。
 確かに国内外のメディアが伝えるように、国際都市上海をはじめとする沿岸地域は、経済的にも潤っており、この状況は五輪景気に沸く首都北京も同じですが、それが中国の全てではないことは、少しでも目端の利く者ならすでに嗅ぎつけています。
 経済の好調が続く上海を含む大都市は、中国共産党が世界に向かって見せたい面ばかりを小綺麗に並べ立てたショーウインドです。
 確かに、その面だけに目を向けているならば、中国経済の将来はバラ色でしょう。しかし陽の当たる部分の裏には必ず陰があります。
 国営企業の衰退した東北地区、環境破壊が進む黄河流域の農業地帯、降雨量の減少で砂漠化が著しい西域等々、中国全土を見渡すと、むしろ問題を抱えた地域の方が圧倒的に多いことに気づきます。
 都市部と地方の収入格差は拡がり、経済発展から取り残された農民たちは、家を捨て都市に流入します。その数は中国の統計で一億五千万人と言われます。そして貧困地域は今や長江流域にも拡がっているのが報告されています。
 都市部でも、一人っ子政策の影響で老齢人口が急増しており、西暦二〇三〇年以降の中国は、世界最大の老人国家になる可能性が指摘されています。
 実はこうした陰の部分は、効果的な対策がとれない、あるいは対策を実行するためには、膨大な予算と時間がかかるものが大半を占めています。
 公害を垂れ流す開発優先の政策を捨てて、経済発展の速度を落としながら地方分権を進めるのか、あるいは環境破壊を無視して経済効率優先の開発をとことん推し進めて、目先の繁栄を維持するのか? いま中国共産党指導部は大きな岐路に立たされているのです。
 しかし、中国共産党が自らの特権的な立場を進んで放棄してまで、問題解決に当たるとは考えられません。山積する難問に対して、中国共産党指導部は「解決の見込みがない」という理由で、事実上放置しているのです。
 しかし、放置すれば事態の範囲はさらに拡がり、悪化の一途を辿ります。地方では連日のように暴動事件が発生し、その一部は報道されています。このままでは、民衆の不平不満が一気に爆発し、危機的な状況を迎えないとも限りません。
 そのとき東アジアに未曾有の事態が訪れます。
 中国共産党指導部は国民の不平不満を逸らすために、対外的に武力紛争を含めた強硬手段を選択する可能性が高まるからです。
つまり国内での共産党政権への不満を戦争に転嫁することで責任回避を図る訳です。
 もっとも計算高い中国政府のこと、いくら人民解放軍が戦争を欲しても、相手が強く勝算が低いと見れば、偶発でない限り戦争を回避するでしょう。
 中国が日本への軍事行使を思いとどまっている最大の理由は、中国と日米との間にある軍事技術力の格差なのです。
 しかも日本列島と中国大陸の間には、台湾と同様に海が存在しています。
 これが陸続きの内陸であれば、圧倒的な優位を誇る地上軍を使って恫喝や圧力を加えることで、一定の政治目的を達成することも可能です。
 つまり中国政府にとって力の源泉とは、東アジア最大の陸軍国であると同時に、戦略核兵器保有国であるという点に尽きます。
 逆に言えば、国境を越えて直接に陸軍が投入できない環境で、核弾頭搭載火箭(ミサイル)が通用しない相手であれば、中国人民解放軍のもつ圧力は激減します。
 日米が精力的に進めているBMD(戦略ミサイル防衛構想)が実現すると、北朝鮮のテポドン、ノドン以上に、中国人民解放軍第二砲兵の東風ミサイルが事実上封じ込められます。もちろん中国人民海軍のSLBM(巨浪ミサイル)も同様です。
 核兵器の恫喝が通用しないとなれば、海軍の外洋作戦の力を強化して、器材を一新した空軍とともに、圧倒的な通常兵力で相手をねじ伏せる以外に有効な手段はありません。
 そのため、中国人民海軍は大型空母の獲得に必死なのです。そして強力な陸軍(地上軍)を国外へ展開するために、揚陸輸送艦艇の大型化と増強にも多くの予算を割り当てています。
 ところが日米両国政府は、民間企業の最先端技術を軍事に転用して、RMA(軍事革命)を実現しようと、着々と計画を進めています。
軍事情報や技術革新に重点を置くRMAが実現した近未来の紛争では、量的優位は必ずしもプラスにならないことが予想されます。
 さらに日米両国の世論が一番忌諱する人員の消耗を、各種ロボット兵器(UAV、UUV、UGV)の登場と実用化で、最小限度に抑えることも不可能ではありません。
 優秀な将兵を育成するには、多くの時間と予算がかかるうえ、戦闘の激化で死傷者が増えることは、少子化社会では大きな国家損失につながります。
 それに比べて無人のロボット兵器は、民生の部品と技術を流用することで、大幅なコストダウンが可能で、損耗に伴う定期的な更新と生産は、各分野での技術革新と経済効果をもたらします。
 これが二一世紀の技術革新を手中におさめた国家の軍事戦略です。
 一方、RMAに乗り遅れた国家の軍事戦略は、多くの人命を浪費する二〇世紀型の戦い方しかできません。これが今の中国人民解放軍の実態です。
 こうなると世界最大規模の兵力を抱える中国軍のメリットは、逆にデメリットになる可能性すらあるのです。
 そう考えれば、日米両国が二一世紀型軍事戦略体系へ完全に移行しない今後一〇年間が、中国共産党政府と人民解放軍にとっては、唯一残された勝機と言えるでしょう。
 かつて日本帝国が太平洋戦争を決断した際に「ジリ貧になるよりは、ここで…」と発言した提督がいたように、追い込まれる前に戦いに打って出る可能性は少なくないのです。
 中国人民解放軍の暴走を阻止するには、日米が主軸になって、周辺国の全面協力を得たうえで、無謀な力の行使を抑え込めるだけの強固な意志を示す必要があります。
 それと同時に一日も早くRMAを実現させて、圧倒的な軍事力の差により、中国が軍事的冒険主義にならないよう牽制することがとくに重要です。
 近い将来、内政問題の失敗から旧ソ連と同様に中国共産党政権が崩壊する事態になっても、その混乱と衝撃が国外に波及することは最小限にとどめなくてはなりません。
 平和を守るためには、時には「力の行使」をする覚悟と、それに伴う実力が必要なことを、我々は真剣に学ぶ時期が来たのかも知れません。

高貫布士(たかぬき・のぶひと)
1956年生まれ。軍事評論家の小山内宏氏、航空評論家の青木日出夫氏らが創設した「軍事学セミナー」で軍事学を学ぶ。出版社勤務をへて、軍事アナリスト・作家として活躍。著書に『図解ドイツ装甲師団』『覇権大戦1945』『興亡の海戦』『大日本帝国欧州大戦』等々多数。