立ち読み   戻る  

 はじめに
「特殊部隊」という言葉を聞いた時に、「強靭な体力を持ち、いろいろな武器や装備を駆使して、少数で困難な任務を遂行するエリート部隊」という印象と同時に、「密かに暗殺や破壊工作を行なう闇の部隊」という印象も浮かぶ人も少なくないであろう。これは特殊部隊にまつわる秘密性に由来するものと思われる。
 敵の背後に潜入し、情報を集め、時には戦略的な変化をもたらすような攻撃作戦を少数の人間で行なう特殊部隊は、歴史上、人類の戦いのほとんどあらゆる場面で存在した。また平時においても、「密かに」情報を集め、予想される危険や障害を事前に、これも「密かに」排除するために、少数の「特殊な」人間が活用されてもきた。
 特殊部隊という専門の部隊を常設していなくても、ある任務に対して特殊な技能や知識を持つ人間を臨時に集め、訓練し、作戦に投入する必要性はいろいろな局面で生まれてきたであろうことは想像に難くない。第一次、第二次世界大戦のような大規模で長期間にわたる戦いが起こった場合には、このような特殊能力を持つ部隊が定常的に組織、配備されるようになる。
 しかし、その戦いが終わり、平和な時代が来ると、特殊部隊を維持しておく必要性が薄れて解隊されるというのがこれまでの一般的な傾向であった。米国でも第二次世界大戦後、軍に特殊(作戦)部隊を復活させる必要性を感じたのは一〇年にわたって介入したベトナム戦争の時であった。その後一時的に特殊部隊は解隊されるか非常に規模が縮小されたが、イラン革命にともなうテヘランの米大使館員拘束事件などが発生して、再び「特殊任務」に投入できる部隊の必要性が認識され、以後、かなりな規模の特殊部隊を正規編制として維持するようになっている。
 これに対してソ連は特殊部隊の役割を重視して、きわめて大きな規模の部隊を維持し、専用の装備を開発してきた。冷戦が終結し、ソ連邦が崩壊した後も、ロシアや旧ソ連邦構成国の多くは、なおも相当規模の特殊部隊を維持してきている。
 もっとも「特殊部隊とは何か」という定義は曖昧で、警察や治安組織の武装強襲部隊、人質救出部隊、あるいは沿岸警備隊や国境警備隊の船舶臨検部隊、国境・監視偵察部隊なども特殊部隊と呼ばれる場合が少なくない。
 実際、これらの部隊には、通常の部隊では技術的に、あるいは装備の面から実施できないような任務を遂行できる能力がある。そうした任務をこなせる特殊部隊の隊員は、やはり特殊なエリートと呼ぶことができよう。
 逆に言えば、そのような能力や装備を必要とする状況はそう多く出現しないので、少数の勢力でもよいということになる。また別の見地からは、そのような特殊な技術を持つ隊員を多数養成するのは大変であるし、特殊な装備を数多く揃えるのは財政的に不可能だから、少数の部隊にその特殊な能力を与えているとも言える。
 さらには特殊部隊に期待される能力、任務は、少人数で遂行されなければならないから、特殊部隊は少数の特殊な存在なのだという表現もできよう。たとえば偵察活動は元来、少数の人間が密かに行なうものであり、敵陣の背後に潜入しての偵察任務はもっと少ない数で行なわねばならない。存在を探知されては意味がないからである。
 
 しかし、少数で任務を遂行する特殊部隊であっても、軍隊や治安組織が持つ特殊部隊の全勢力も少数でよいかというと、最近、大きな変化が生まれてきた。その典型が二〇〇一年九月一一日に米国で起こった同時多発テロ事件の結果として実施された、同年一〇月からのアフガニスタンにおける軍事作戦、米国の作戦名でいう「不朽の自由(エンデュアリング・フリーダム:Enduring Freedom)」作戦である。
 同時多発テロがオサマ・ビン・ラディンを指導者とするイスラム原理主義組織アル・カイダによって実施された点に関しては、ほぼ疑いがないとされ、その根拠地とされたアフガニスタンのタリバン支配地域に対する攻撃作戦が開始された。この作戦の目的は、テロ組織のアル・カイダ要員を拿捕、ないしは殺害して、アフガニスタンとその周辺から一掃することと、アル・カイダを受け入れてきたタリバン政権を打倒して、アル・カイダの聖域を消滅させることにあった。
 タリバンはアフガニスタン全土を支配していたわけではなく、北部には反タリバンの武装勢力がいたから、仮に米軍を投入してタリバン政権を打倒しても、この反タリバン勢力との関係が問題になる。またアフガニスタンの地理的条件を考えると、ここに大規模な米軍部隊を投入するのはきわめて困難である。そこで、少数の米軍特殊作戦部隊をアフガニスタンに投入し、北部の反タリバン勢力を連携させてタリバン政権打倒の実質的役割を担ってもらい、米軍は航空戦力での火力支援を行なう方式がとられることになった。
 そのためには現地の状況を把握し、反タリバン勢力と接触し、それらの勢力を連携させるための仲介の労をとらねばならない。まずCIA(米中央情報局)の「特殊部隊」が現地に潜入して情報収集や反タリバン勢力との接触を行ない、続いて米軍特殊作戦部隊が進出して、反タリバン勢力への武器の提供、訓練、反タリバン勢力に同行しながら、米軍航空戦力に対する攻撃目標を指示するなどの任務に当たった。
 のちには米陸軍の第10山岳師団や第101空挺師団といった通常軍部隊も投入されたが、これらの通常軍部隊にも米空軍の戦闘航空統制員という近接航空支援を誘導する「特殊作戦部隊員」が同行し、撃墜されたり事故で不時着したりした航空機の乗員の救出や、負傷兵の救出には、戦闘捜索救難チームという特殊作戦部隊が重要な役割を果たしている。
 大規模な通常軍部隊を投入すると、兵站補給支援も非常に大規模になり、したがって遠距離、とくに海岸部から遠く離れた場所への投入は難しいが、少数の特殊部隊なら兵站補給も小規模ですむ。本文で述べるように、特殊部隊の作戦にはまた特殊な兵站補給が必要になるのだが、通常軍部隊に比べると、量的な規模が非常に小さくてよいのは事実である。この小規模な特殊部隊の投入ということは、また世界の目に「露出する」度合を少なくでき、時には全く密かに作戦を実施できるということだから、政治的に微妙な状況での作戦には都合がよい。アフガニスタンの地に大規模な米軍通常部隊を投入するのは、たとえそれが地理的、物理的に可能であったとしても、ロシアの下腹であり、中国やアフガニスタン周辺諸国の政治情勢、国民感情を考えると実行は難しかったであろう。
 また現地の武装勢力と接触し、協力を得たり連携作戦をとらせたりするには、現地の言葉だけではなく、風俗習慣にも通じていることが必要である。このような要員はそう多くはないし、多くを養成できるものではない。それを本国から遠く離れた場所で、十分な補給支援を得ずに長期間にわたって実施するためにはそれなりの体力が必要であるし、自分の身は自分で守る能力を持たねばならない。
 だからといって、すべての特殊部隊の隊員が知力、体力にすぐれた人間である必要はない。そのような人間は元来、数が限られているし、任務や場所、状況によっては強い体力を必要としない場合がある。だいたい一人にすべての能力、役割を期待するのが無理なので、それぞれの専門分野で互いに補完し合いながら任務を遂行すればすむ話である。
 しかも、現在はいろいろな特殊知識、能力が求められるようになってきた。衛星通信に関する知識と技術、最新兵器に関する知識、なかんずく大量破壊兵器と呼ばれる核・生物・化学兵器に関しての知識、麻薬に関する知識、資金の流れを追うマネーローンダリングの知識などである。このような分野では、高度の専門知識や技術を持った人間が必要になり、一人の人間が片手間に習得できるものではない。
 現在の安全保障における脅威の対象も従来の国家の軍隊から国際テロリスト、国際犯罪組織、麻薬組織、大量破壊兵器の地下ネットワークなどに主体が移ってきた。北朝鮮のように、なお大規模な特殊部隊を持つ国家もあり、それが安全保障上、周辺諸国に大きな脅威を与えているという状況もあるが、これはむしろ例外的で、現在、そして予見できる二一世紀の世界では、非国家組織、あるいは九・一一同時多発テロ以前のアフガニスタンのような、まともな国家の形をなしていない、いわゆる「破綻国家」が差し迫った現実的脅威になると考えられている。これらの国家や組織に関する情報を収集し、追跡し、潜入し、必要なら殺害や破壊を行なうためには、通常軍とは別の「特殊な能力」を持つ組織が必要である。
 さらに破綻国家における紛争で、その国から外国人を脱出させねばならない場合や、非国家組織に自国人が人質に取られてしまい、それを奪還する必要が生じた場合には、通常軍では対応できない場合が少なくない。これらの任務に備えた、あるいはその能力を持つ専門部隊が必要になる。
 このようなことから、これからの世界では「特殊部隊」の重要性が増大すると予想される。
 二一世紀の特殊部隊にはどのような任務が想定され、またどのような能力が必要とされ、その組織と訓練にはどのような事をしておかねばならないかをいくつかの例をもとに考察したのが上巻である。
 そして特殊部隊にはまた特殊な装備が必要とされる場合が多い。特殊部隊用装備は必ずしも専用の装備である必要はないが、任務に応じて必要な装備を駆使できる運用体系と訓練内容の柔軟性が必要とされる。特殊部隊が使用しているすべての装備を紹介するのは、もとより不可能であるが、いくつかを例示することによって、どのような装備を調達すべきかの参考になるであろう。これを下巻に記した。

上巻目次
はじめに  1
第1章 21世紀の特殊部隊とその任務   19
 イラク戦争が喚起した特殊部隊の重要性  20
 特殊部隊がクローズアップされたアフガニスタン作戦  24
 冷戦時代の特殊部隊  27
 冷戦後の特殊部隊  31
 特殊作戦と特殊部隊の性格  34
 冷戦後の世界における特殊部隊の役割  38
 対テロ作戦と情報  43
 特殊部隊の秘密性にまつわる負の要素  47
 特殊部隊の運用と統括組織  49
 特殊部隊に対する兵站補給  53
 特殊部隊と心理作戦  57
 電波媒体とインターネット  62
 インフォメーション・オペレーションズと心理作戦  66
 アフガニスタンにおける心理作戦  70
 イラク戦争の戦略的心理作戦  74
 イラク戦争に向けての心理作戦  78
 大量破壊兵器の使用を防ぐために  81
 イラク戦争の心理作戦  84
「衝撃と畏怖」作戦と戦後のイラク  87
 新しい心理作戦用技術  92
 イラク戦争における米特殊作戦部隊―フセイン大統領捕獲作戦  95
 イラク戦争における特殊部隊―新しい運用法  97
 米陸軍特殊作戦部隊の強化と改編  102第2章 近接航空支援と特殊部隊   105
 姿を現した米空軍特殊作戦部隊  106
 PJ・戦闘気象観測員・CCT  109
 米空軍特別戦術部隊  114
 再度脚光を浴びる近接航空支援  118
 対空火器の発達と近接航空支援  120
 米国防総省の近接航空支援研究  123
 前線航空統制員の訓練  125
 近接航空支援用兵器  131
 近接航空支援用航空機と装備  137
 前線航空統制用機  143
 オペレーション・アナコンダ  145
 戦術の転換と近接航空支援  149
 不満をぶちまけた第10山岳師団長  154
 米空軍の言い分と指揮統制上の問題  157
 近接航空支援の歴史  160
 米海兵隊の方式  162
 近接航空支援用通信装備  168
 イリジウム衛星の応用  170
 アフガニスタン作戦の教訓  173
 陸軍独自のCAS機保有構想  176
 近接航空支援におけるGPS誘導爆弾の限界と改善  180
 GPS誘導爆弾の改良  182
 英空・海軍の精密誘導爆弾調達計画  185
 自衛隊の近接航空支援機  189
 日本の防衛と近接航空支援  192第3章 戦闘捜索救難作戦と特殊部隊   199
 戦闘捜索救難部隊と特殊部隊  200
 米軍のCSAR部隊  203
 米海軍のCSAR部隊と使用機  205
 戦略的CSARと統合作戦における特殊部隊との関係  209
 各国合同作戦におけるCSAR  212
 NATOとイギリスの例  215
 ボスニアの救出作戦と米海兵隊  219
 オグレディ大尉救出作戦  223
 米海兵隊TRAPチーム  228
 オグレディ大尉救出  232
 オグレディ大尉救出作戦の批判と教訓  235
 米空軍内のCSAR役割区分問題  241
 米空軍の動揺  246
 アフガニスタン作戦の教訓と後継CSARヘリコプター計画  249
 救難用通信装置  253
「革命的な」救助用通信装置CSEL  255
 CSAR任務におけるUAVの利用  260
 CSAR用近接航空支援機  266
 自衛隊と戦闘捜索救難(CSAR)  270第4章 人質救出作戦と特殊部隊   273
 イラク戦争で実現した各軍合同の捕虜救出作戦  274
 テヘラン米大使館人質救出作戦  278
 デザート・ワン  281
 現地調査  290
 最初の不具合  292
 変わっていた地面  296
 作戦の中止、衝突  300
 失敗の原因  302
 ソン・タイ捕虜収容所急襲作戦  307
 作戦計画  310
 不確かな情報  314
 ソン・タイ救出作戦  318
 情報の不備と時間の空費  321
 フセイン政権中枢部への攻撃  323
 イスラエルによるパレスチナ武装勢力への攻撃  326
 エンテベの人質奪回作戦  329
 エンテベ作戦成功の秘訣  337
 自衛隊の共同作戦・統合運用  340
 日本の人質救出部隊  343
 自国民脱出支援作戦―コートジボワールの例  349
 人道支援物資と運搬路の確保  352
 自衛隊による邦人脱出支援  355
 南ベトナムの崩壊と難民  358
 バンメトート攻撃と南ベトナム政府軍の瓦解  362
 サイゴン陥落  365
「オペレーション・フリーケント・ウインド」  369
 外国人脱出タイミングの難しさ  373
 日本の邦人救出計画  376江畑謙介(えばた・けんすけ)
1949年生まれ。上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻。博士後期課程修了。1983年〜2001年英国の防衛専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー』通信員。95年スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)客員研究員。99年より防衛調達審議会議員。2000年より内閣官房情報セキュリティ専門調査会委員。2001年より経済産業省産業構造審議会安全保障貿易管理小委員会委員。著書に『最新・アメリカの軍事力』(講談社現代新書)『安全保障とは何か』(平凡社新書)、『インフォメーション・ウォー』(東洋経済)、『情報テロ』(日経BP社)、『殺さない兵器』(光文社)、『兵器と戦略』(朝日選書)、『2015:世界の紛争予測』(時事通信社)、『使える兵器、使えない兵器 上下』『兵器の常識・非常識 上下』『こうも使える自衛隊の装備』『強い軍隊、弱い軍隊』『これからの戦争・兵器・軍隊 上下』(共に並木書房)など多数。