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はじめに

「有事法制」、「ガイドライン」、「周辺事態対処法」、「PKF凍結解除」などの言葉が新聞の見出しや、テレビニュースのタイトルにも見られるようになった。さて、それぞれの内容を、ひとにたずねられて、自信をもって答えられる人はどれほどいるだろうか。
 また、わが国の歴史、とりわけ戦後史といわれる部分について、自分の言葉で語れる人はそれほど多くない。ましてや、日米安全保障条約の中味や、わが国の自衛隊の実態について、正しく知っている人となると、なお少ないことだろう。
 過去、わが国は無謀な戦争を起こした。それをもたらしたのは、おおかたの解説どおり、軍部の暴走だったことは間違いない。しかし、そのことを許すことになった背景や事情、許してしまった側のあり方については、ほとんど語られてこなかった。実は、昔の国民も、たいていの人は軍事を嫌っていた。多くの日本人が、戦争について、国際関係について、軍隊について、知ろうとはしていなかったのである。
 大学には軍事学の講座もなく、「国民皆兵」といいながら、軍隊に入った人はおよそ七人に一人にしかすぎなかった。しかも、高い教育を受けた人ほど、さまざまな特権をつかって、兵隊になどならなかった。悲劇的に語られることが多い「学徒出陣(大学生などに対しての徴集、つまり徴兵検査猶予特権の停止)」も、アメリカの大学生の動員に比べれば、三年もおくれていた。
 軍国主義の社会だったからこそ、正しい軍事知識は広まっていなかった。軍隊や兵器について国民に関心が低かったのだ。他国の軍事行動について、その実力について、正しく知ろうする努力が少なかったとしか言いようがない。誤った国家主義が生まれ、軍隊の無謀な行動にも、誰も歯止めをかけられなかった。戦後になって、「私たちはだまされていた」という人がたくさん現われたが、そういう人ほど、軍国主義という気分をむしろ支えていたのだ。
 戦後五〇年あまり、教育界でも、言論界でも、政治の世界でも、「平和を祈る」スタイル(デモンストレーション)は、それぞれの世界で主流になるためには必須のものだった。軍隊のことや戦争のことは、知ろうとするだけでいけない、関心をもてば、戦争をしたくなるからだという考え方である。おかげで、「平和をつくる」という考え方は、国民の間に育たなかった。自衛隊に関心をもったり、戦争について正確に知ろうとしたりするだけで、周りの人から危険視されたり、いじめにあったりしたことは、それほど遠い以前の話ではない。
 その過去の常識が、いま、まさにくつがえろうとしている。自衛隊は、海外にも出かける時代になった。私たちは一人ひとりが主権者として、わが国の行動に責任をもたなければならない。そのためには、まず第一歩として、自衛隊や、その歴史、私たちをとりまく国際環境について知ることが大切になる。
 この本は、全体を五つに分けて、陸海空自衛隊・防衛庁について調べたことが書いてある。中学生や高校生といった若い人たちにも分かる言葉で説明している。教科書には書かれていないが、「私たちの現在」を知るために大切なことばかりである。学校の授業でも活用してもらいたい。


目次

パート1 自衛官の仕事 13
自衛官と自衛隊員の違いは? 14
なぜ自衛隊に大将はいないのか? 16
指揮官の責任が問われる時代になった 18
勉強に追われる隊員たち 20
いったいいくらもらえるのか? 22
曹という「正社員」になる道はきびしい 24
外務省におさえこまれた防衛駐在官 26
定年は早く、階級ごとに異なる 28

パート2 自衛隊五〇年 31
「警察予備隊」としてスタートした自衛隊 32
日本掃海隊、特殊任務に出動! 34
陸海空自の三自体制になる 36
戦車を特車と言いかえた時代 38
陸上自衛隊の三分の一を北海道に配備 40
国産護衛艦時代始まる 42
あわや治安出動―六〇年安保騒動の中で 44
軍隊らしく、管区隊から師団へ 46
「すわ!実戦」実弾を配った28普通科連隊 48
自衛隊は民主主義の軍隊を宣言した 50
二〇年遅れた有事法制への道筋 52
手足をしばられて海外に出る自衛隊 54
自衛隊の派遣要請はなぜ遅れたか 56
自衛隊はどう力をつけてきたか 58
任務は増え、人員は減るこれからの自衛隊 60
警告すらできなかった護衛艦 62

パート3 自衛隊の兵器 65
戦闘装着セット一式 66
普通科中隊の主力火器、小銃・機関銃 68
指揮通信車と装輪装甲車 70
対戦車戦闘の主要火器 72
対空機関砲からホークミサイルまで 74
空からの贈り物、ロケット発射機MLRS 76
機動力が命、自走りゅう弾砲 78
世界最強の89式装甲戦闘車 80
世界のビッグ・スリー「90式戦車」 82
陸戦を裏で支える大型運搬車群 84
現代の要塞砲、88式地対艦ミサイル 86
何でも載せられる高機動車 88
最強のAH‐64攻撃ヘリコプター 90
戦場の便利屋、UH‐60J多用途ヘリ 92
見えない敵を見るOH‐1偵察ヘリ 94
施設作業車から水際地雷敷設装置まで 96
飲料水確保の切り札、車載型浄水セット 98
火薬チューブで起爆させる指向性散弾 100
日米だけがもつイージス・システム護衛艦 102
自衛艦隊の主力、汎用護衛艦 104
現代海戦に不可欠、ヘリ搭載護衛艦 106
対空、対水上戦闘の要、自動化の新型砲 108
艦対空防衛システム 110
世界最高の哨戒機P‐3C 112
SH‐60J対潜水艦ヘリ 114
輸送艦「おおすみ」型の使い方 116
不法侵入船への切り札、ミサイル艇 118
世界最高か、次期対潜哨戒機 120
通常動力世界一といわれる国産潜水艦 122
海洋観測艦から砕氷艦まで 124
世界最強、F‐15戦闘機 126
日米共同開発のF‐2支援戦闘機 128
早期警戒管制機(AWACS)の実力 130
次期戦術輸送機の役割 132
待たれる空中給油機の導入 134

パート4 自衛隊はこう戦う 137
「突撃!」はまず制圧射撃から 138
陸戦の主役、普通科連隊の編成 140
精強の証、陸上自衛隊レンジャー 142
対ゲリラ・コマンドゥ訓練始まる 144
レーザー銃で中隊規模の戦闘を再現する 146
戦車と出会ったらまずぶっ放せ! 148
特科連隊の切り札、「対砲レーダー」 150
海空自衛隊が撃ちもらした敵との戦い 152
未知の恐怖に立ち向かう化学防護小隊 154
戦闘部隊を支える輸送科トラック群 156
富士総合火力演習 158
自衛艦隊から地方隊まで 160
戦艦、巡洋艦もない海軍で大丈夫か? 162
潜水艦を追いつめる世界一の腕 164
海自の通常動力潜水艦はどう戦うか? 166
弾道弾ミサイルは防げない 168
領空侵犯には警告。難しい実力行使 170
飛行教導隊という最強のパイロット 172
始まったばかりのサイバー攻撃対策 174
自衛隊がくい止め、米軍の応援を待つ 176
各自衛隊の防衛計画を調整する 178
「大規模災害」出動!そのとき自衛隊は? 180
南極観測支援からオリンピックまで 182
出演者九〇〇人以上の「自衛隊音楽祭り」 184
イザというときに自衛隊は使い物になるか? 186

パート5 自衛隊と軍隊の違い 189
自衛隊と外国の軍隊はどこが違うか? 190
世界第二位の軍事大国と言われるが…… 192
防衛庁の「内局」とはどんなところか? 194
進め!でも動くに動けない自衛隊 196
ますます期待される自衛隊の国際貢献 198
軍隊だからできる災害救助 200
軍レベルの交流が戦争を抑止する 202
米軍は日本を守るが、日本は守れない… 204
二〇年ぶりに見直された日米の防衛協力 206
「基地のある苦しみ」を軽くする努力 208
やっと同盟軍に補給できるようになった 210
怪しい船がいても検査できない 212
海外にいると誰が守ってくれるのか? 214
陸上自衛隊の大リストラ計画はじまる 216
即応予備自衛官と予備自衛官補の違い 218

参考文献 220
おわりに 221
索引 231

[PKOと自衛隊1]初めてのPKO、陸上自衛隊施設大隊カンボディアへ 30
[PKOと自衛隊2]モザンビークのONUMOZ 64
[PKOと自衛隊3]いまも続くゴラン高原輸送隊派遣 136
[PKOと自衛隊4]女性自衛官もはじめて参加する東チモール派遣 188


おわりに

 自衛隊が生まれて半世紀がすぎました。
 私と自衛隊はほぼ同い年です。自分が生きてきた同時代のできごとを調べ、書くこと、これはそれまで思ってもいなかった苦しい作業でした。資料はありあまるほどありました。歴史の本、評論、新聞記事、単行本、雑誌などなど、いくらでも出てきたのです。
 しかし、それは同時に、どれを選べばいいかということで自分が試されるといった厳しい事情にもなりました。公平で、公正で、学校の先生たちや子どもたちが授業で使っても耐えられるようなものにしたい、そう願っていたからでした。
 すでに多くの学校では「総合的な学習」の時間が試行されています。平成一三年の夏頃から、教員をしている友人たちから、たびたび電話をもらいました。
 受けもっている中学生や高校生が、国際関係に関心をもち、インターネットなどで情報を手に入れてくる、ついては自衛隊のことや、防衛政策の移り変わりなどについて教えてくれというのです。書店に行けば、いくらでも参考図書はあるではないか、そう答えると、どこから手をつけていいのか分からないといいます。いわれてみれば、なるほど、軍事評論家の本や、政治学者の書物はあるけれど、自分が初めてそれらを手にしたときの戸惑いが思い出されました。兵器マニアでもない、軍事に関心が高いわけでもない、ごくふつうの人は専門用語や、カタカナだらけの記述はとても受け入れられません。
 それなら自分が書いてみよう、そう考えました。私はもともと、あらゆる軍事技術は、中学生の知識があれば分かるはずだと思っています。たとえば、潜水艦のソーナー技術は、水中を伝わる音の勉強(小学校五年生理科)をしていれば、すぐに分かるのです。機関銃の構造は、ふだん使っているステープラー(ホチキス)を見れば理解できます。もともと、暮らしの技術が軍事に利用されたりすること、その逆もまた、当たり前のことなのです。
 ところが、資料を集め、計画を立て始めてからが大変でした。ときには、あまりの難しさに、あきらめたくなることもありました。そんなときに、いつも励ましてくれたのは、自衛官や、現役をしりぞいているOBたちでした。
「国を守る、その私たちの価値観を尊敬してくれとはいいません。考え方はいろいろでしょう。ただ、私たちがそれを大切にしてきたという思いを、多くの人に知ってもらえればありがたいのです。私たちの願いはそれだけです。どうか、悪いと思ったこと、おかしいと感じたことも遠慮なく書いてください」という言葉が、誰からも聞かれました。
 ほんとうに考え方はさまざまです。いまだに自衛隊の存在を認めたくない人も、「軍隊があるから戦争が起きるんだ」と思いこんでいる人もいます。知らないからだ、私はそう思うのです。

 最後に、それぞれの任務を果たしてくれている陸、海、空、すべての自衛官、防衛庁職員の皆さんに、心から感謝をいたします。

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部教育学科卒業。横浜国立大学大学院修士課程(学校教育学専修)修了。横浜市の小学校で教鞭をとるかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、横浜市小学校理科研究会役員、横浜市研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。現在、民間教育推進機構常任理事、生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)。1999年4月から川崎市立小学校勤務。2000年1月から横浜市神奈川区担当民生委員・主任児童委員も務めている。ベネッセ教育研究所CRN(チャイルド・リサーチ・ネットワーク)においても学校教育に関する諸問題について意見を発信中。著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』(出窓社)、『「現代(いま)」がわかる―学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイド』(並木書房)がある。