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はじめに

 自衛隊に入りたい、自衛官になりたいという人がどんどん増えてきました。大学や短大、専門学校を出た人までが任期制の一般2士として入隊しています。最初から一生の仕事にしようと考える人が受験する幹部候補生や一般曹候補学生、曹候補士の人気も高まる一方です。WAC(陸上婦人自衛官)、WAVE(海上婦人自衛官)、WAF(航空婦人自衛官)もますます狭き門になっています。
 今や、自衛官は多くの若者にとって、あこがれの職業になってきたように見えます。
 世の中は不景気がつづき、先行きの見えない時代になりました。だから、安定した公務員志向が高まった、そこから自衛隊の人気も上がったのだという人もいます。
 しかし、『自衛隊という学校』、『続自衛隊という学校』、『指揮官は語る』という陸上自衛隊に題材をとった本を書いてきた私は、ちょっと違う見方をしています。
 自衛隊の人気が高い理由はそれだけではありません。若者たちは仕事について、職業について、少し前までとはちがう見方をしているのではないか、そう考えるようになりました。
 自衛隊の若者は、みな自衛官という職業のやりがいを語ってくれました。そして、すばらしい先輩や、仲間たちとのくらしを楽しそうに話します。自衛隊に長く勤めた人たちは、職場の暖かさを具体的なエピソードを元に教えてくれました。
#自立$をするには自衛官になるのが一番です。ただしここで#自立$というのは、経済的な独立だけを指すわけではありません。家を出て独り立ちする、誰にも世話になることはない。それも#自立$の立派な条件になるでしょう。
 しかし、#自立$のほんとうの意味は、「自分が社会に、他の人に何かを与えることができる」という自覚なのです。お金のことだけをいっているだけでは、この大事な部分を落としてしまいます。誰にも頼らない生活は、たしかに、#自立への第一歩$ではありますが、それだけで人は満足できるものでしょうか。自分ができることをする。それに対して、ひとが感謝の言葉を返してくれる。これがあってこそ、私たちは幸せになれるのです。出会った陸上自衛官たちの心からの笑顔は、それが満たされている証拠だと思います。
 さて、もう一つの意外な発見がありました。
 それは、自衛官たちが、入隊前にはほとんどが自衛隊について正確な知識を持っていなかったことでした。ごく一部の人をのぞいて、自分が入隊したら何をするのか、あるいは、自衛隊の中でどういう立場になるのかを分かっていた人は少なかったということです。
 話を聞いた人たちは、みな、いまの自分に満足している人ばかりでした。でも、そんな恵まれた人たちでも、入隊したときには、ほとんど自衛隊について知識がなかったのです。
 せっかく入隊した新隊員の中には、すぐに自衛隊を離れてしまう人たちもいます。想像していたこととはちがっていたというのです。それは、自衛隊にとっても不幸であり、何より、その人にとってたいへん気の毒なことでしょう。
 そこで、この本では、自衛隊の仕組み、自衛官の仕事について、くわしく説明をしようと考えました。陸、海、空の代表の人たちが、それぞれの自分が歩んできた道のりについて語ってくれています。
 レンジャーを目指したい人、空挺兵になりたい人、護衛艦に乗り組んでイージスシステムを操作したい人、メディック(救難員)になって人の危急を救いたい人、英語の力を生かして通訳になりたい人などのように、具体的に職種(兵種、配置)を分けました。
 その人たちに入隊の動機、仕事を選んだ理由について聞く。次に、その仕事の内容を話してもらい、今の立場になるためにどんな努力をしたか、なってみて良かったと思うことなどをたずねています。また、これからの生活設計、将来の希望などを語ってもらいました。
 駐屯地(陸上自衛隊)、基地(海上、航空自衛隊)の中のくらしの様子も、コラムの形でのせてみました。あわせて読めば、隊員の生活の中身が分かるようになっています。
 厳しさも分かってもらいたい、そうも考えました。登場人物の言葉のはしばしからも、苦しい訓練、制約のある生活がわかります。隊員たちの生の声は、陸上、海上、航空自衛隊のほんとうの姿をよく伝えています。
 学校の先生たちにも役に立つ本です。子どもたちが自衛隊に関心をもったとき、昔のように「ばかなことを」などといえなくなりました。むしろ、相談されても正確な答えができなくて困っている、それがほんとうではないでしょうか。
 まだまだ無関心だったり、防衛問題というと毛嫌いしたりという大人も多いかも知れません。「戦争なんてまっぴらだ」と思っているのは、実は自衛官です。現代兵器の威力や、戦場のほんとうの恐ろしさを知っているのは自衛官だけだからです。そうしたことも読みとることができるでしょう。
「平和を愛するからこそ自衛官になってみよう」という若者、「自衛隊の生活を通して、自分を鍛えてみたい」という若者たちの役に立つことを願っています。


目  次

 はじめに

1 陸上自衛隊

英語の力を生かしたい人 12
レンジャーになりたい人 16
落下傘部隊に入りたい人 21
徒手格闘をきわめたい人 26
野戦砲を撃ってみたい人 30
対空ミサイルを撃ってみたい人 35
戦車を操縦したい人 39
偵察バイクに乗りたい人 44
建設器材の操作に興味がある人 50
ヘリコプターの整備をしたい人 56
飛行場の管制業務をしたい人 61
通信システムに興味がある人 65
IT技術を生かしたい人 70
化学防護車に乗りたい人 76
空挺隊員を陰から支えたい人 81
戦車のエンジンを整備したい人 88
不発弾処理に興味のある人 93
大型免許を早く取得したい人 97
国賓・公賓への儀仗任務につきたい人 102
パソコン・簿記などの特技を生かしたい人 106
音楽祭りに出演したい人 110
好きな音楽で身を立てたい人 114
准看護士・救急救命士・臨床検査技師になりたい人 118
陸上自衛隊生徒(少年工科学校)になりたい人 126

[コラム]
 入隊のいろいろな方法 20
 陸上自衛隊の教育の仕組み 25
 陸上自衛隊の職種(兵種)の話 34
 陸上自衛隊の部隊(方面隊) 43
 陸上自衛官の階級の話 48
 自衛官の給料の話 54
 すべての軍隊は中隊の集合体 60
 陸上自衛隊の職住分離 69
 陸上自衛隊の言葉あれこれ 74
 貸与される制服の話 80
 陸上自衛官が袖につけるワッペンの話 86
 楽しい駐屯地の食事 92
 厚生センターなどの使い方 101
 看護官という制度 125
 君にもなれる予備自衛官 131

2 海上自衛隊

イージスシステムに興味がある人 134
支援船の船長になりたい人 138
水中で活躍するダイバーになりたい人 144
フネの機械をいじるのが好きな人 150
女性でも大型機の機長になりたい人 154
フライトエンジニアになりたい人 160
艦載ヘリのパイロットになりたい人 164
コントロールタワーに立ちたい人 168
飛行艇乗りになりたい人 174
フネの中で調理の腕を生かしたい人 178

[コラム]
 海上自衛官の階級の話 142
 海上自衛隊の艦船の名前のつけ方 148
 海上自衛隊の組織 158
 海上自衛隊の言葉あれこれ 172
 七つボタンの制服 182


3 航空自衛隊

戦闘機の整備に関心がある人 184
戦闘機の武器弾薬に興味がある人 188
政府要人の海外渡航を守りたい人 194
隊員の食事に関心がある人 200
犬が好きで、一緒に仕事がしたい人 204
航空機管制業務をしてみたい人 209
防空ミサイルを操作したい人 214
体を張って人命救助につくしたい人 218
コンピューターのプログラマーになりたい人 222
航空写真に関心がある人 227
航空中央音楽隊で活躍したい人 232

[コラム]
 航空自衛隊の組織(航空総隊と航空方面隊、航空教育集団、航空支援集団) 192
 航空自衛官の階級の話 198
 航空自衛隊の新隊員教育 208
 厳しいけれど恵まれる航空学生 213
 航空自衛隊の言葉あれこれ 225

資料1 自衛官採用試験の受験資格と日程 236
資料2 自衛隊地方連絡部 238
資料3 防衛庁関係ホームページ 239

 おわりに

「ガイドブック」を作ってみようと思ったのは、『自衛隊という学校』、『続自衛隊という学校』、『指揮官は語る』の三部作を書き終えてからでした。
 出会った自衛官の多くが入隊するまで、ほとんど自衛隊についての情報を手に入れていなかったからです。防衛大学校に入った人たちですら、その事情は変わりませんでした。たまたま親兄弟や親戚に自衛官がいる、そういう人なら自衛隊についての知識も得られるかも知れません。
 それに対して、ふつうの中学生や高校生にとっては、自衛隊は高い塀に囲まれたところです。地方によっては、制服を着た自衛官を見たことがないといったこともあります。とりわけ、大都市部では、陸、海、空の区別すら分からないという人もいます。同じように制服を着ていても、警察官や消防官なら仕事の内容の見当もだいたいつくことでしょう。しかし、自衛隊、わが国の武装組織、自衛官、そこで働く人たちについては、ほとんど知られていません。
 一つの理由は、戦後、長く続いた平和状態です。
 自衛隊は日米同盟の下で、その本来の任務である戦争への抑止力を十分に果たしてきました。まさに「百年兵を養うは平和を守るため」という言葉通り、隊員たちは黙々と任務を果たしてきたのです。そして、戦後の経済成長だけを願う国民からは、それを正しく評価されることがありませんでした。兵器や軍隊といえば、まさに戦争のための道具としか考えられない人だらけだったからです。その人たちにとっては、他国の事情など知ったことではない、日本だけが平和であればよかったからです。
 二つ目の理由は、自衛隊の姿勢にもありました。
 無理解な批判や心ない非難を浴びないように、自分たちの主張や意見を控えてきたのです。それは心ある人たちにとっては、見るも聞くも痛ましいことでした。いざとなったら、「身の危難を顧みることなく(自衛官宣誓文)」国家の危難に立ち向かう人々が正当に遇されていないのです。しかし、その奇妙さを指摘することは、なかなか難しいことでありました。前の戦争の被害によって、心の芯から「戦争嫌い」になった人々による迫害が恐ろしかったからです。
 ようやく、政治家の口からも「自衛官を尊重せよ」という言葉が出るようになりました。皮肉なことに、わが国の経済が失速し、国民が自信を低下させているときです。むしろ、これを機会に、これからの自衛隊と国家、国民のあり方について論議するべきでありましょう。そのためには、まず、自衛隊の実態を知るべきではないでしょうか。そして、論議の内容も、武器や装備、運用や国際関係だけにかたよることなく、自衛隊の若者たちの声にも耳を傾ける必要があります。
 この本の完成には、陸上幕僚監部、海上幕僚監部、航空幕僚監部の力強い応援をいただきました。取材にあたった陸上自衛隊駐屯地や、海上、航空自衛隊基地の広報担当の方々、親切に対応してくださった現場の自衛官たちに心からお礼を申し上げます。
なお、取材計画を立てる段階で、ご協力をいただいた方々のお名前を記します。ただし補職名・階級と敬称は略します。順不同です。
 陸上自衛隊富士教導団(静岡県富士駐屯地)、吉田崇、日向嘉則、岩田信之。
 第三十四普通科連隊(静岡県板妻駐屯地)、岩崎賢、福田哲也、奈良誠、遠藤寛、望月隆一郎、永井忠、木村祐二郎、村松輝美典、原田裕介、高木健二、築地泉、三橋裕一郎、正木達也、横田義和、青木祐幸、滝口浩司。
 第一後方支援連隊(東京都練馬駐屯地)、後藤弘見、牧之瀬晃司、長島ゆり、坂尾真哉、小川常男、原健、佐藤武、小林徹、中健太郎、松崎村衛、木原均、中田浩史、財津浩敦。

荒木 肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部教育学科卒業。横浜国立大学大学院修士課程(学校教育学専修)修了。横浜市の小学校で教鞭をとるかたわら、横浜市情報処理教育センター研究員、横浜市小学校理科研究会役員、横浜市研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。現在、民間教育推進機構常任理事、生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師(教育原理)。1999年4月から川崎市立小学校勤務。2000年1月から横浜市神奈川区担当民生委員・主任児童委員も務めている。ベネッセ教育研究所CRN(チャイルド・リサーチ・ネットワーク)においても学校教育に関する諸問題について意見を発信中。著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、『静かに語れ歴史教育』(出窓社)、『「現代(いま)」がわかる―学習版現代用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに嫌われる先生』『指揮官は語る』(並木書房)がある。