立ち読み   戻る  

●上巻目次

はじめに

第1章 兵器とは人間が命を託して使う道具である

軍備の第一の役割は抑止力にある/抑止力を発揮するにはその実力を実証せねばならない/米国製兵器が売れる理由/実戦で実証されたエグゾセ空対艦ミサイル/オウムには造れなかった自動小銃/主機を変えた戦艦「大和」/実績で決めた海上自衛隊のガスタービン採用/生身の人間を忘れた戦車の防御方式/戦車の脱出口の心理的意味/人間の保護を第一にしたイスラエルの戦車/イスラエルが血を流して開発した車長用ハッチ/装甲を増やしてもらえなかった61式戦車/戦場で使うことを考えない設計/武人の蛮用に耐え得ること

第2章 兵器設計は技術屋に任せてはだめだ

実際からうとくなる技術屋/技術者を頻繁に現場に派遣せよ/航空機と軍艦の外観/軍艦はその国の延長である/軍艦をサラリーマン技術者に設計させてはならない/四年で旧式となった74式戦車/大衆の技術的無知を利用する技術屋/背伸びをし過ぎた台湾の地対空ミサイル/組織が開発を強行させた/一隻しか造られなかった中国のミサイル原潜/硬直化していた中国の潜水艦開発体制/イタリアの教えを乞うた海上自衛隊の水中翼艇/いつも教えを受けられるとは限らない/輸入に切り替えた海上自衛隊の揚陸艇/繋ぎに導入された兵器/基本的に兵器は自給自足が理想/贅沢な日本の潜水艦建造/戦車、戦闘機開発を諦めたスイス/中立性を弱めたスウェーデン/ソ連のまね「コンコルドフスキー」/日本のまね/米海軍駆逐艦のまね「こんごう」型

第3章 兵器開発は制服に任せてはだめだ

制服は正面装備を欲しがる/ゴラン高原の教訓/制服は格好をつけたがる/他人のものを欲しがる/本当に必要なものと、いらないもの/井の中の蛙―海上自衛隊掃海部隊の反省/軍人は自分のことしか考えない/一度手にしたものを手放したがらない軍/無理な要求をしがちな軍/友鶴事件―ノーと言わなかった技術者/素人が口を出して失敗した戦闘機開発/軍人主導で開発、高価になってしまった戦闘機

第4章 兵器装備は量か、質か?

ハイ・ロー・ミックス構想/ハイ・ロー・ミックスは金持ちの贅沢なやり方である/単一型を堅持した米海軍攻撃型原子力潜水艦/巨大化し高価になった米海軍の攻撃型原潜/新型原潜NSSNと採用されなかったハイ・ロー・ミックス方式/米国の原潜建造能力維持の問題/アフォーダブルな兵器/冷戦の終了/定量化できない要素の問題/少数、絶対優勢を狙った戦艦「大和」/時代に遅れ、軍備の本質を見誤った戦艦「大和」/五発しかなかったエグゾセ・ミサイル/作戦の三分の一を費やさせた二隻の潜水艦/湾岸戦争のスカッド・ミサイル


●はじめに

 人間というものは、自分自身が体験しない限り、もっと端的に言うならひどい目にあわない限り、他人の教訓を自分のものとして取り入れることは、なかなかしないものである。
 著者自身でも、あれだけ阪神淡路大震災をはじめとする地震災害の報道を見聞きし、数々の教訓を知識として知っていながら、いざ自分でそれに対応して準備を整えているかと振り返ってみれば、十分と言うにはほど遠い状態にある事実を認めねばならないだろう。
 非常時持ち出し品を準備しておくことは、その必要性と価値は分かっても、常に即時持ち出し可能な状態を保っておくのは難しい。例えばバッグの中に常時、保険証や預金通帳、印鑑などを入れておくのは、泥棒に入られたらという点からも不安であるうえに、日ごろいちいち出し入れするのはきわめて煩わしい。乾パンを半年とか二年ごとに新しいものと取り替えるのはもとより(古い乾パンをどうするかと悩まねばならない)、飲料水を数ヵ月に一度取り替えるのさえ、いざそれを実施するとなると、大変に面倒なものである。このためどうしても持ち出しバッグの中は、いつしか空に近い状態となって行く。
 これに人間のもう一つの弱点である、「そうなって欲しくない」が「そうはならないだろう」と勝手に思い込む性癖が加わって、事態は一層悪くなる。自分にとって都合の悪い情報を信じたがらないのは人間の基本的特性であり、史上、多くの指導者や指揮官がこのために、自分の生命だけではなく、国家をも危うくする間違いを犯してきた。
 信じないだけではなく、それが「そうはならないはずだ」とか、「自分だけは別だ」と思い込むようになる。交通事故に遭わないとか、「自分の子供に限って」といった個人的なものから、「まさか日本が」、「まさかあの国が」と思い込むようになる。その根拠を問うと、たいていの場合が曖昧で、単にそうあって欲しくないから、そう思い込んでいるに過ぎない場合がほとんどである。
 要するに現実逃避であって、その信じ込みは宗教よりずっと意味のないものだが、この単純にして非理性的な落とし穴に人間は容易に落ち込んでしまう。

 さらに人間は過去の教訓を簡単に忘れ、無視し、傲慢になり、人の言うことを信じず、理論だけに走り、その理論の落とし穴にも気づかず、嘘をつき、他人と同じものを欲しがり、自分の実力を考えずに背伸びをし、他人の持っているもの以上のものを欲しがり、総合的な判断ができず、相対的に考えず、特定の目標だけに固執して大局を見失い、資金や土地などの制約条件から妥協を重ね、十分な確認もせずに実用化し、人の言うことをそのまま信じ、小手先に走り、他人と差別化したがり、井の中の蛙となり、後のことも考えずに猪突猛進する傾向がある。
 要するに、それを創ったのが神なのか、自然なのか、あるいは自然と同格の神なのかはともかく、人間はきわめて不完全な存在である。だからこそ戦いをするのだろう。同じ種族どうしで殺しあうのは人間だけだという、一見、人を引きつける論には賛同できないが、他の動物に比べてきわめて突出した能力として人間が生存のために保有している知能の多くを、互いに殺しあうために使っている事実は否定できない。
 このこと自体は愚かな行為なのかもしれないが、とにかくこれは人間がいかに不完全かという、もう一つの証であり、人間が人間である以上、おそらくその行為を止めることはないであろう。この見方が正しいか否かについての議論は、本書の主題ではないので省略するが、もし人間が存在する限り戦いを止めないのなら、今後も我々は、その生存を続けるために兵器を造り続けるという矛盾を抱えて生き続けねばならないであろう。
 このような矛盾を本質的に持っている兵器は、その開発史を見ると人間の不完全さの、まさに象徴とも呼べるものがある。人間が命を託すのが兵器であるのに、その人間のことを忘れてしまうとか、技術に走って使う側の立場を考えないとか、逆に使う側の要求を重視したため、かえって危なくて使えなくなってしまったり、旧式なものとなってしまったりしてきた。
 さらに兵器に限らず、技術固有の特性に起因する失敗や、あらゆる技術者が陥りやすい失敗もある。量を求めるのか質を求めるのか、安ければいいのか、単一用途か多用途型かの問題、また造ってみるまでその欠点に気づかなかったものも少なくない。そして、技術の進歩はそれまでの自然界に存在しなかったか、きわめてわずかしか存在しなかった物質を登場させるようになり、その廃棄処分が分からないという新たな難問も提起するようになってきた。

 兵器、あるいは軍備の廃絶が不可能という見地に立つなら、それを開発調達する資金、つまり税金を出す国民にとってみれば、できるだけ安い経費で、最大の効果を上げられるような兵器(軍備の本質は抑止力にある)を造ったり、買ったりして欲しいと思うであろう。それに少しでも役に立つなら、というほど大それた気持ちはないし、むしろこの愚は繰り返されるだろうと悲観的ではあるが、技術と人間という一つの分野から、本書の内容が、なんらかでも読者の考えをまとめる参考になれば、著者としては望外の幸せである。

●江畑謙介(えばた・けんすけ)
1949年生まれ。上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士課程修了。現在、英国の防衛専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員。著書に『兵器と戦略』(朝日選書)、『ロシア・迷走する技術帝国』(NTT出版)、『兵器マフィア』『殺さない兵器』(光文社)、『中国が空母を持つ日』『日本が軍事大国になる日』(徳間書店)、『世界軍事ウオッチング』(時事通信社)、『インフォメーション・ウォー』(東洋経済)、『日本の安全保障』(講談社現代新書)、『情報テロ』(日経BP社)、『使える兵器、使えない兵器 上下』『兵器の常識・非常識 上下』『こうも使える自衛隊の装備』(共に並木書房)他多数。