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  まえがきにかえて

  難しすぎるが、誰でもできる

  本書は、難しいがゆえに神妙なる「棒手裏剣」という古式武術を紹介します。お金を積んでも得られない魅力的な学び、インターネットでは拾いづらい深遠な知識を伝えられたらと願っています。

  私自身が棒手裏剣術に出会ったのは、居合術と剣術の稽古に行き詰まった時でした。近所の古書店で、手裏剣術の本をたまたま手にとったのがきっかけです。

  子どものころから野球のような球技が苦手でしたが、その本を読んで、手裏剣術は球技よりも剣技に近い……いや、剣技そのものだと知りました。

  以来、手裏剣術の難しさと楽しさにドップリとはまっています。その術理は、居合術や剣術にも反映できる奥の深いものであり、今なお、研鑽を重ね続けています。

  棒手裏剣の醍醐味は、手裏剣を無回転で飛ばす「直打法」にあります。直打法は、球に回転を加える野球のピッチングとは一線を画す投擲方法です。そのため手裏剣術では手首の返し(スナップ)に頼らず、「体軸」を維持しながら、足腰を正確に沈める意識が重要となります。

  大ざっぱにいうと、手先と足腰のあり方はコンパスのようなものです。コンパスを上手にあつかうコツは、円を描き出す軸先をフワリと遊ばせて、円の中心となる軸をピタッと定めてずらさないことです。手裏剣を打つ際も、とにかく基準となる下半身を定めることが大事で、手先はその動きに素直にしたがわせるだけなのです。

  とはいえ、人間の体はコンパスのようなぶん回し運動ではなく、いくつもの関節を使いながら柔軟かつ複雑に動くため、「体軸」という概念を使って、単純ではない人体の動きを把握しなければなりません。

  さて、武術に限らず、あらゆる専門分野には排他的な側面があり、「わからない人はわからなくていい」という冷淡な垣根が存在します。ただし、その垣根を越えた先には人生観を一変させる世界があるものです。

  間口が広いとはいえない手裏剣術に取り組もうと思ったら、わかりやすさを本位とした情報収集や稽古に満足してはなりません。急がば回れの気持ちで、難解な稽古を地道に積み重ねるべきです。「急いでわかったつもり」になるよりも「わからないことを正しくつかむ」ことの方が、どれだけ豊かな学びであるかを知りましょう。特別な体力や才能は不要の武術ですから、根気さえあれば、誰でも探求は可能です。

  なお、「験流」とは、古流剣術の原理に私の工夫を加えた手裏剣術の流名です。よって、流儀自体は新しいものの、その技術論は古式にのっとっています。

  手裏剣術のすべてを一冊の本にまとめるのは、土台無理な話です。しかし、手裏剣術にひそむ「難しさゆえのおもしろさ」をとおして、現代人が見失いがちな「学びの本質」というものを感じていただければ幸いです。


目 次

まえがきにかえて 難しすぎるが、誰でもできる 1

 

一、武術としての手裏剣 7

 手裏剣は「剣」である 7
「体軸」をイメージする 10
「はなれ」という勘どころつかむ 15
「型稽古」にとり組む 20
「構え」の本質は不変である 24
「剣性」を重視する 28

二、手裏剣の稽古 34

 手裏剣術は心のあり方も問われる 34
  礼式と護身 35
  始礼と終礼 37
  手裏剣術の構えと道理 42
  上段構え 44
  変化構え 45
  迎撃としての打剣 49
  基本打剣 50
  残心 51
  直立二足歩行と「雲足」55
  型の厳密性 64
「手裏剣型」六本 66
「立合型」二本 83

三、手裏剣修業 90

 古伝がしめす「一歩三年」の境地 90
  良師の選び方 92
  稽古場を確保する 95
  自宅稽古の手引き 96
  手裏剣を保有する 100
  手裏剣製作の手引き 103
  標的の調達から廃棄まで 107
  演武会を挙行する 109

四、手裏剣術に関する手控え 112

 手裏剣は隠し武器ではない 112
  手の内に極意なし 114
  打剣の基本はその場打ち 116
  蹴り足や踏み足は心気をも乱す 116
  手裏剣は諸手操作と心得る 117
  手裏剣術を小技としない 118

五、手裏剣よもやま話 120

 手裏剣の有効射程、どのくらい? 120
  手裏剣の携帯本数と携帯方法は? 124
  手裏剣術は稽古が大変だ 127
  手裏剣術は特殊な武術? 129
  ナイフ投げは実戦武術? 132
  歴史に残る手裏剣の威力は? 134
  直打と回転打、その違いは? 140
  簡単ではない手裏剣術 143
  飛び道具の防ぎ方 147
  打つと投げるの違いは? 148
  なぜ古武術の指導は難しいのか? 150
  古武術は生涯学習 154

 あとがきにかえて 難しいからこそ、やりがいがある 159

 主要参考文献 162

コラム1 左利きでも手裏剣は右手打ち 52
コラム2 手裏剣護身術 94
コラム3 手裏剣術に必要な筋力は? 114

 

山下知緒(やました ともお)
1971年生まれ。民弥流居合術、駒川改心流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを10年以上学ぶ。験流(けんりゅう)はそれらの素養に独自の工夫を加えて編み出した手裏剣術である。2005年に武術関連のイベント企画や情報発信をおこなう「B-FIELD」を発足。演武大会やトークライブの主催、武術専門誌への企画提案などを手がける。2006年、棒手裏剣術の稽古会「武学倶楽部」を創設。2008年には稽古会を刷新して、本格的な手裏剣術道場「研武塾」を設立。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニアになった。』に描かれた私生活をNHKのドキュメント番組「熱中人」が密着取材して2012年1月に放映。2012年11月はDVD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」(クエスト)を刊行。道場への問い合わせは、http://kenryu-shuriken.jimdo.com/